彼女はもう・・・抵抗することも・・・逃げることも・・・そして助けを呼ぶこともできない・・・。
僕にどんなことをされても、もうどうすることも出来ないのだ。
そう、どんなことでも・・・。
そう思いながら、僕はポケットに入っていたある物を握り締めると、彼女の身体に向けて手を差し伸ばした。
さっきから思い描いていたことを実行するために。
「・・・・・っ！！」
その様子を見た彼女は必死に呻き声を押し殺し、顔をしかめて頭を横に逸らした。
僕の視線から顔を逸らすため、そして・・・全ての現実から目を背けるために・・・。
カチッ・・・！
だが、僕が差し伸ばした手が彼女の首にあてがわれると、そこから乾いた金属音が鳴り響いた。
ジャラジャラ・・・・・・ガチャンッ！
同時に彼女の首から鉄の首輪が外れ、床の上へと滑り落ちる。
「・・・・？」
首が軽くなった彼女は、微かに不思議そうな表情を浮かべたけど・・・それもそのはず、僕がポケットから取り出した鍵で彼女の首輪を外したからだ。
「いいかい？今から猿轡を外すけど、絶対に大声を出しちゃいけないよ。
もし大声を出したら、本当に助からなくなるからね。」
その言葉に少し驚いた表情を浮かべる彼女だったが、少し時間をおいてコクリとうなずいた。
それを見届けた僕は、彼女の口に噛ませてあった猿轡を外し、口の中に押し込んであった布切れをゆっくりと引きずり出す。
「ぶふぅ・・・いったい私をどうする・・・」
「しーっ！静かに・・・兄貴に聞こえるかもしれないからね・・・。」
話しかけようとしてきた彼女を小声で制止しながら、今度は彼女の足を拘束している縄を解き始める。
そして、縄を解きながら彼女に対してこう告げた・・・。
「僕は・・・僕は君を助けたいんだ。」
「あ、兄貴いいっ！！た、大変だっ！・・・女が・・・女がっ！！」
「ああっ・・！女がどうしたんだ、セージ・・・！？」
「女が自力で猿轡を外して、舌を噛んでしまったんだ！
そんなに血は出てないから、すぐに手当てをすればなんとかなりそうだけど・・・、とにかく来てくれ、兄貴ぃっ！」
「おいおい・・・、女に手を出してぇとか言いながら・・・お前、なんてざまだっ・・・！！」
僕の呼びかけに、外から兄貴の怒鳴り声が聞こえてきた。
久しぶりに聞く、鬼の唸り声のような怒り声だ。
「セ、セージさん・・・これじゃ、あの人に見つかってしまう・・・」
この様子を自由の身になった彼女が、僕の側で心配そうに見ている。
そう・・・彼女が舌を噛んで自決しようとした訳じゃない。
僕が兄貴に対して一芝居うったのだ。
「いや、これでいいんだよ。」
彼女の問いかけに、僕は小声でそう返した。
馬車の外へ逃げるためには、兄貴に来てもらうのは絶対不可欠なのだ。
いつもそうだけど、荷台の扉は万が一の時を考えて、目的の場所に付くまでは外から鍵が掛けられている。
僕たちが外に出るためには、外から兄貴に開けてもらうしかないのだ。
だが、鍵を開けてもらうのは良いとして・・・問題はそこからだ・・・。
僕は懐に隠してあったナイフを取り出した。
ナイフのカバーを外すと、刃がランプの光で鈍く光る。
「いいかい・・・扉が開いたら、全力で逃げるんだ。
兄貴は僕が引き付けるからね。
いい？おもいっきり走って村まで逃げるんだ。
決して後ろを振り返っちゃいけないよ。」
「えっ！？
それでは・・・それではセージさんの身が・・・・・」
ガタンッ！！！
彼女が僕に何かを言いかけようとした時、突然、荷台の扉が勢い良く開いた。
ついに兄貴がやって来たのだ。
・・・・いよいよか。
「セージッ！！女はどうな・・・・！！
・・・・な、何やってんだ、お前ら・・・！？」
荷台の扉の前で、驚いた表情を見せる兄貴。
「うおおおおおおおおっ！！」
その直後、間髪入れずに荷台の入り口から兄貴の懐めがけて死に物狂いで飛び込んだ。
腕力で圧倒的に劣る僕が兄貴に勝つ方法。
――――先手必勝・・・それしかなかった。
はぁはぁ・・・
もうどれぐらい走っただろう・・・
あれから・・・腹を刺された兄貴ともみ合い、そしていつの間にか僕は兄貴の下から逃げていた。
僕もヤキがまわったのかなぁ・・・
家族同然の兄貴を刺してしまうなんて・・・
でも・・・心の奥から呼びかけには背けなかった。
この子を泣かせてはいけない、不幸にしちゃいけない、全てを捨ててでもこの子を守るべきだってね・・・
でも結局・・・なぜあの子を助けたかったのか分からない・・・分からないままなんだ・・・
・・・だけど、あの素直すぎる性格・・・良く知っているような気がしてならない・・・
いや、いつも僕の身近にいる・・・そんな気すら感じるんだ・・・
ふう・・・ちょっと疲れたみたいだ・・・
そういえば、もみ合いの最中、取り上げられたナイフで背中を刺されたっけ・・・
背中が熱い・・・足に力が入らない・・・少し休まないと・・・
まあ、例え兄貴から逃げられたとしても・・・どの道、先は長くないだろうな・・・
組織は裏切り者を絶対に許さない・・・
雇われた殺し屋が地の果てまででも追いかけてくるだろう・・・
なんか・・・すごく・・・・眠たくなってきた・・・
もう前に・・・進めない・・・
本当に・・・まずく・・・・・なってきたな・・・
でも・・・いいんだ・・・
あの子が・・・・逃げてくれ・・・・・ば・・・
それで・・・僕は・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・お・・・・・・て・・・
・・・・・・・ジ・・・きて・・・・
・・・セージ、・・・セージ、起きて・・・
・・・眠っている耳元で・・・僕を呼ぶ声がする。
それは・・・どこかで聞いたことのある・・・優しい声・・・。
「早く起きないと・・・。」
そう・・・とても聞き覚えのある女の子の声が、僕に語りかけていたのだ。
「・・・んんっ！？」
ガバッ！
その声に反応して、うつ伏せに寝ていた僕は思わず身体を起こす。
「あ、やっと起きた？」
一瞬、ドキッとした。
ほんの目と鼻の先に、例の眼鏡をかけた三つ編みの女の子の顔があったからだ。
「なっ！・・・なんでこんなところに・・・。」
彼女は村に向かって一目散に逃げていたはず・・・、なぜここに・・・！？
「なぜ逃げないんだっ！こんど捕まったら・・・」
「えっ！？・・・誠司、何を言っているの？？」
大声を張り上げようとした僕の様子に、彼女はキョトンとしている。
「もしかして、悪い夢でも見てたの？・・・なんかさっきまでひどくうなされていたし・・・。」
そう言いながら、白いセーラー服を着た彼女が心配そうに僕を覗き込んでいた。
「とりあえず早く帰りましょ。もう夜も遅いし、早くしないと見回りに来る先生にまた怒られちゃう・・・。」
夢・・・・・・？
ああ、そういえば・・・僕は部室で、次の演劇の話を・・・書いてたんだっけ？
・・・そうだ、思い出した！
話のネタ探しに、中世の時代に関する本を読みあさっていたんだ。
・・・どうも、その最中に寝てしまったみたいだけど・・・・・・。
机に置いてあった本に何気なく目をやると、中世の人買いについて記述してあるページが開いていた。
ページの端が少し折れている。
どうやらこのページで力尽き、本を下敷きにして寝てしまったらしい。
「ねえ・・・さっき寝言で『逃げろ、逃げろ』って行っていたけど・・・どんな夢を見ていたの？
やっぱり・・・怖い夢・・・？」
目の前にいるセーラー服の女の子、僕の幼馴染の美咲が、眼鏡の奥から興味深そうに見つめていた。
「ん？そんなことを言ってた？
うーん、あんまり覚えてないや。」
僕はとっさに嘘を吐いた。
夢の内容ははっきりと覚えている。
あんなこと、美咲に言えるわけないよ・・・僕が人さらいで、美咲をさらってしまう夢だなんて・・・。
「ねえ誠司、お話は出来上がったの？」
家が隣合わせの僕たちは、いつものように部活からの帰り道をいっしょに歩いていた。
別に付き合っているわけじゃないけど、部活が終わった後、美咲といっしょに帰るのが最近の日課のようになっている。
今入っている演劇部も、美咲の強い勧誘のおかげだけどね。
でも、「お前は文才があるから」って脚本の担当になっちまった・・・。
これって、ものすご〜く大変な役目なんだけど・・・。
「うん、会社の人ともうまく話がついたし、後は細かいところを修正するだけだよ。」
「よかった・・・毎日、遅くまで頑張ってたもんね。」
「ううん、美咲もいっしょに知恵を絞ってくれたから何とか出来たんだよ。」
美咲とは小さい頃からいっしょにいることが多く、まるで兄妹のような仲。
よくお互いの悩みを聞いていたりして、助け合ったりしたもんだ。
勉強のこと、親のこと、部活のこと、そして恋愛のこと・・・。
いろんな話に付き合ってくれたなぁ、美咲は。
そう言えば、前の彼女に振られた時、一番気を使ってくれたのも美咲だったな。
本当に素直で親身になってくれるいいやつだ・・・。
「ところでお姫様役は誰にするつもり？
誠司、かなり悩んでいたもんね。
やっぱり・・・大人っぽい部長の米山先輩？それとも、美人の野原先輩？」
ここで話の話題が、演劇の配役へと変わった。
実は僕たち演劇部は、近々、地元にある会社からの要望で、近くの小学校で劇をすることになっている。
内容は小学生にも分かりやすいという理由でファンタジー物だ。
なんでも『トリエ』という会社の『３０万打点記念式典』の一環として、小学生に演劇を見せて欲しいとか・・・。
僕たちは会社の人と何度かやり取りを行い、今日、大まかなストーリーが出来上がった。
僕が書いたオリジナルストーリーだったけど、会社の人がかなり口を出してきたため、ストーリーの調整がかなり大変だった。
『ＤＩＤの世界を広めるには、幼少の頃から触れさせる必要がある』とか、『現代劇なら探偵物を強く推すつもりだった』とか、ちょっと意味の分からないことも言っていたなぁ。
でも、今日でその作業から解放だ。
残っているストーリー修正もなんとかできそうだし・・・あの夢をヒントにすればね・・・。
「姫役はね・・・さっき決めたんだ。この話にはこの人しかいないって。」
「本当？で、どっちなの？ねぇ・・・？」
興味深そうに僕に問いかける美咲。
でも次の僕の一言で彼女がどんな表情をするのか・・・僕は興味深々だった。
「姫役はね・・・美咲にやってもらおうと考えているんだ。」
「えっ！・・・わたし・・・・？」
僕の言葉が意外だったのか、一瞬、美咲の動きが止まる。
頭が真っ白になった美咲はしばらく間、ぼーぜんと突っ立っていた。
美咲を姫役に抜擢しようと決めたのは、ついさっき、夢の内容を思い返した時だった。
たしかに、米山先輩も野原先輩もかなりの美人だと思う。
今までの劇でも、必ずどちらかがヒロインを演じているし。
でも、僕が作った今回のお話にぴったりくるのは・・・。
「そういうことで、明日からの稽古、頑張れよ。」
「ちょっと待って・・・だって、お姫様でしょ？・・・私、そんなに・・・美人じゃ・・・。」
「美咲〜、またそれを言って・・・。そんなことないって、自信を持てよ。
それに前にもいったけど、コンタクトに変えたほうが絶対可愛いって。」
何度か見たことがあるけど、眼鏡を取った美咲はかなり可愛い。
でも、『恥ずかしい』とか『慣れていない』とか言って本人は外そうとしない。
コンプレックスでもあるのかなぁ・・・。
「でも、やっぱり恥ずかしいし・・・」
「もう・・・そんなことだから、いつまでたっても彼氏が出来ないんだぞ。」
「ちょっ・・・何よそれっ！・・・・・・・だって私は・・・・」
僕の言葉に、顔を真っ赤にして怒りだした美咲。
その勢いで何かを言い出そうとしたが、はっとした表情を浮かべ、美咲はそのまま口をつぐんでしまう。
「だって・・・何？」
「ううん・・・なんでもない・・・。」
そしてしばらくの間、美咲はただ無言で歩いていた。
「ごめん・・・ちょっと用事があるのを忘れてた。先に帰るね。」
「え？う・・・うん。」
そう言って突然、三つ編みを揺らしながら小走りで行ってしまう。
なんかあいつ、様子がおかしかったなあ・・・
お姫様にされたのがそんなに嫌だったのか、それとも僕の言葉に気を悪くしてしまったのか・・・。
でも今日に限らず、ここ最近、あいつの様子が少し変だ・・・。
なんか妙に・・・優しい・・・。
まあ、美咲が優しい性格なのは知っているけど・・・それに輪を掛けて・・・
・・・まさかな・・・・
そして、本番当日・・・・・・
小学校内にある体育館で、僕たち演劇部によるファンタジー劇が繰り広げられていた。
「姫様っ！姫様ーっ！！」
「おお・・・なんてことだ、わが娘が伯爵に連れ去られてしまった・・・。
これは王国を揺るがす一大事。
みなの者っ！何としてでも、姫を伯爵の元から取り返してくるのだっ！」
舞台の上では、お姫様が悪者にさらわれたという設定で、部員が扮する王様と兵士たちの演技が続けられている。
僕はその舞台裏で、次のシーンに向けての準備を進めていた。
シュルル・・・・ギュッ！
「どう・・・きつくない・・・・？」
「うん、大丈夫。」
白い手袋を履いた両手を背中の後ろで束ねさせ、僕は白いドレスを纏った女の子を厳重に縛り上げている。
目の前では、背中の中ほどまで伸びた真っ直ぐな黒髪が微かに揺れていた。
「でもこれ・・・本当に腕が動かせない・・・。」
腕を縛られているお姫様・・・いや、姫役に扮する美咲の口から、不安そうな声が上がる。
「たしかこれ、高手小手縛りって言ってたよね・・・会社の人は？」
僕は会社の人からもらった、縛り方が書いてある紙を見ながら彼女を縛っている。
でもその最中、僕は彼女の不安をかき消そうと絶えず話しかけていた。
本当は手首にぐるぐるっと巻いただけの簡単な縛りにする予定だったけど、会社の人の強い要望で美咲の身体をガチガチに縛ることになってしまった。
なんでも、お姫様が悪い人間にさらわれて酷い目にあっているという事を、小学生の目でも理解させるためだって言ってたけど・・・。
ギチ・・・
「なんか・・・本当に誘拐されちゃったみたい・・・。」
縛り終えた後、僕に背中を見せたまま少し上半身をもがいてみせる美咲。
背中に回された十本の指が、懸命に縄の結び目を探していた。
「さてと、そろそろ出番がきそうだよ。」
そう言いながら、背中を向いていた美咲の肩を掴み、僕と向かい合うように彼女の身体を回す。
「うん・・・、やっぱりイメージどおりだ。美咲が姫役で正解だったよ。」
少し恥ずかしそうな表情をする彼女に、僕は見たそのままの感想を率直に述べた。
そこには・・・いつもの地味な感じの美咲とはまるでちがう、まさにお姫様のような清楚な女の子が立っていたのだ。
この日のために、コンタクトに替え、髪を下ろし、軽く化粧をした彼女の姿。
しかも役作りのために、わざわざ美容院まで行ってストレートパーマをかけてきたという。
そんな彼女の後ろ手に縛られた姿は・・・清く、美しく、そしてあまりにも無力に見えた。
まさに囚われのお姫様ピッタリのイメージだ。
「やっぱり美咲は、こっちのほうが全然かわいいよ。
・・・劇だけじゃなくて、ずっとそうして欲しいなぁ・・・。」
う・・・、思わず漏れた僕の本音。
うーん、不安がる美咲を安心させるために何か言わなきゃ、って思ってたら・・・つい・・・。
でも正直言って、彼女のこの変わり様は僕の想像を超えていた。
冗談抜きで・・・可愛い・・・。
でも・・・彼女にとって僕は、ただの幼馴染なんだし・・。
「誠司がそう言うなら・・・喜んでもらえるんだったら・・・、明日からもそうするから・・・・。」
「えっ・・・・！」
顔を赤らめながら語った彼女の意外な言葉に、僕は思わすびっくりする。
「・・・・・・・」
その後、彼女は舞台に上がるまで一言も喋ることはなかった。
そうか・・・そういうことか・・・。
美咲にとって、小さい頃からずっといっしょだった僕は、普通の幼馴染なんだろうと思っていた・・・・・・だけど・・・。
いつ頃からなんだろう、美咲がそういう感情を持ち始めたのは・・・。
どうして、もっと早く気づいてやれなかったのだろう・・・。
自分の鈍さが・・・嫌になる・・・。
僕だって美咲のこと、気になってないと言えば嘘になる。
特に・・・今、目の前にいる彼女を気にならないと言えば・・・嘘になる・・・。
『キャー、お姫さまにげて〜。』
『ひきょうだぞ〜、はくしゃく〜。』
『もっとやれ〜、どんちゃ〜ん。』
観客席からは、小学生たちのやんややんやの歓声が聞こえてくる。
舞台上では今、お話の悪役であるドン＝チャン伯爵が、さらってきた美しい姫君を屋敷の地下室に閉じ込めようとするシーンが始まろうとしていた。
そう、この設定はあの夢の中で出てきた話を少し拝借してある。
絶体絶命に陥った美しい姫と、その姫を我が物にしようとする伯爵・・・今から始まるのはそういうシーンだ。
ドサッ・・・
暗い地下室に見立てられたステージの真ん中に、両腕を厳しく縛られた姫役の美咲がヨロヨロっと歩き、そして力尽きたかのように倒れこんだ。
続けてステージ上に現れた、ドン＝チャン伯爵に扮する僕が、倒れている彼女の側でしゃがみ込む。
そして彼女の上半身を抱き起こすと、くいっと彼女のあごを指で持ち上げた。
「やはり美しい・・・噂以上に美しい女だ・・・。」
「無礼ですっ！・・・王族に向かってこのようなことをするなんて・・・・っ！！
あなたはいったい何を企んでいるのですか！？」
舞台上では、僕と美咲の白熱した演技が繰り広げられている。
その様子に、観客席で食い入るように見入っている小学生たち。
ふと気が付くと・・・会社の人が、観客席の最前列でごっついビデオカメラを担いで僕たちを撮っていた。
あれ・・・？
たしか打ち合わせじゃ、小学生たちの邪魔にならないように最後列から撮ることになってなかったっけ？
・・・まあ、どうでもいいけど。
「お前なら、私の妻になるのに相応しい女だ・・・お前は一生、この屋敷で私の妻として暮らすのだ。」
「いやですっ！貴方の妻になるぐらいなら・・・私、舌を噛んで死にますっ！！」
「おっと・・・それは困りますなぁ、姫様。
明日の婚礼の時間まで、こいつを噛んでおいてもらいましょうか。」
そう言いながら、僕はポケットから取り出した布切れを美咲の口へ近づけていく。
『おおおーっ！』
その様子を見たごく一部の児童から、大きな歓声が沸き起こった。
「ぶ、無礼者っ！やめなさいっ！・・・やめなさ・・・・・・・
いや、やめて！・・・・やめて・・・・うぐっ！！」
僕は美咲の綺麗な髪の毛を掴みながら、彼女の口の中に布切れを押し込んだ。
続けて、美咲の口を割るようにして猿轡を噛ませ、立て続けに彼女の足首までも縛り上げる。
この猿轡を噛ませるシーンも、会社の人の要請があって付け加えたシーンだ。
・・・『これだけは譲れない』って、なぜか息巻いてたっけ・・・？
「では姫、今宵はこの地下室で過ごすがよい。
少々狭苦しい場所だが、それも一晩だけの辛抱・・・。
明日は華やかな大舞台で、我々は永遠の愛を誓うのだ。」
そして僕は立ち上がり、全く身動きの取れない彼女を見下ろした。
その瞬間、夢で見た『あの場面』が、目の前にいる美咲とかぶった。
馬車の中で鎖に繋がれ、必死に助けを求める美咲の姿・・・彼女を囚われのお姫様役にすると決めさせてくれた、あの場面だ・・・。
順調に進んでいく僕たち演劇部の劇。
だけど・・・劇を続けていくその最中、僕は美咲の身体がわずかに震えていることに気が付いていた。
舞台慣れしているはずの、美咲の異常な緊張。
わずかに呼吸が荒い・・。
さっきのこと、やっぱり気にしてるんだな・・・、あいつ・・・。
やはり、男の僕から言うべきなんだろうな・・・こういう事は・・・。
この劇が終わったら・・・いつもの帰り道で・・・。
な、美咲・・・。
この後も順調に演劇が進み、お姫様を助けに来た勇者によって、めでたく大団円を迎えた。
小学生たちの拍手喝采のうちに幕を閉じた演劇。
そして、この劇は僕にとって・・・いや、僕たちにとって生涯忘れられない思い出となった。
あとがき
皆さんは夢の中で、気になる人や物語の登場人物を縛った夢（もしくは縛られた夢）を見たことがありますか？
自分は昔、よく見ておりました（笑）
しかも必ず自分はとんでもない大悪党という設定で（＾＾；
でも、縛り上げてもそれ以上の事はせず・・・
どんちゃん：さてお嬢さん、どうしてくれようか。ふふふ・・・。
女の子 ：助けて・・・お願い何もしないで・・・。うるうる・・・。
↓
どんちゃん：はっ！？何で俺はこんな酷いことをしているんだ！？すぐに縄を解かなきゃ・・・。
女の子 ：え、逃がしてくれるの？
↓
どんちゃん：もう悪いことはしません。だから許して・・・（＞＿＜）
女の子 ：ちょっと〜、この落とし前どうつけてくれるのよ〜、プンプンッ！
と、夢の中でもヘタレ全開のどんちゃんでした・・・orz