第６話　「処刑０秒前！希望の光！！」

  
　　
「構え！」


　ガチャガチャと金属の擦れる音が響き、多数の火器や武器がミラージュ達に向けられた。


「うぐっ！」
「ぐううう！」


　十字架上のミラージュたちも今まで感じた事のない恐怖に苛まれ、思わずその塞がれた口から呻き声を漏らした。
それも仕方のない事だろう。
今まで数々のピンチはあったものの必ずメンバーの誰かがそのピンチを救うキーパーソンになっていた。だが今回は違った。
その頼りのメンバー全てが囚われ、今正に処刑されようとしているからだ。頼りの存在が皆無になった今、これ以上の恐怖はなかった。
　そんな中、拷問用の箝口具の性で意識がもうろうとしているエアロミラージュが処刑の始まろうとしているその刹那、
脳裏に本部での少し前の会話がプレイバックされていた。


　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊


「そういえば新型スーツの開発がそろそろなんじゃない？」


　エアロこと新堂晶が本部の廊下で会った技術スタッフの真島に訪ねていた。


「ええ、もう新しいのに変えないとあっちにもスーツの秘密がバレているみたいですから」
「そうね、この前のコンピュータのトラブルもスパイの仕業って疑いがあったしね」
「はい、ですから今度のスーツは根本的に改善してトリエの技術の及ばないレベルにまで進化したモノに成りそうなんですよ」
「へえ、それは楽しみね。で、私たちにはいつ頂けるの？」
「今プロトタイプの最終調整が最終段階に来ていますからそれが済み次第ですかね」
「えっ？プロトタイプ？誰かもう着ているの？」
「はい、皆さんも良く知っている人にお願いしています」
「ええっ？そ、それって……」


　思い当たる人物を思い描き、同時に困惑する晶であった。


　　　　　　　　　　＊　　＊　　＊
（まだ、まだ私たちには仲間が…いやダメ！あの子は戦うには……そうよ、あの子がここに来られるはずはない……でももしかして……）


　エアロは諦めかけていた気持ちを奮い立て、最後の望みに全てを賭ける決心をした。


「ふんぐう……うううう…むううう！」


　呼吸もままならない箝口具をされているにも関わらず、エアロは必死に声を上げ抵抗を試みた。
それは他の者たちに対して勇気を鼓舞するための声出しであった。
　それに連れるように他の３人も呻き声を上げ、身体を揺すり始めた。
エアロの見せた最後の抗いに半ば諦めていた３人の心にも最後の闘志の火が灯ったのだった。
　一斉にもがき始めた彼女たちを見て司令官も感心させられていた。


「ホウ、まだそんな力が残っていましたか。驚きですね。だが……」


　少し笑みを浮かべながら司令官はコントローラーに手を伸ばした。


「うぐぐっ！！」


　“バシッ！”という音と共に悲鳴に近い呻き声がして４人ともその動きが止まってしまった。
司令官はエネルギー中和パルスと電撃を最大パワーにして同時に浴びせたのだった。
力を失わされ最大級の電撃を無防備で受けたのだからたまったものではない。
もしもスーツを着ていなかったらそのショックで死んでいただろう。だが司令官もそう易々と死を与えるような事はしなかった。
あくまでも処刑の儀式により惨めな死に様を晒させようとしていたからだ。


「やっとおとなしくなりましたね。では念仏でも唱えていて下さい。おっとその口じゃあ無理ですか、ハッハッハッ！」


　どこまでも憎々しい口調で彼女たちに言葉を浴びせるジェネラル＝ギン。


「そろそろお遊びはこの辺にして、本番と行きましょうか」


　改めて処刑の構えに入る兵士達。そして嘲笑うように司令官の最後の言葉が投げかけられた。
同時に合図の右手が挙がった。この手が倒された時、彼女たちの最後になるのだ。


「それじゃあ、お別れですね。ごきげんよう、お嬢さん方」


　そう言って司令官の挙げた右手が倒されようとしたその時だった。


　“キュボッ！！！”


　辺りが一瞬閃光に包まれたかと思うと武器や火器を構えていた兵士達が一斉に吹き飛ばされた。


「うわあぁぁぁ！！！」
「グワアアアア！！」


　そこここに兵士達の身体が横たわり、身体をひくつかせていた。


「な、何事だぁ！」


　事態の呑み込めないジェネラル＝ギンが声を荒げていた。
　その司令官の頭上から光の球が司令官めがけて落ちてきていた。


「し、司令官！！」


　とっさに側にいたあの変幻自在の女兵士が司令官を突き飛ばしてその身体を宙に舞わせた。
　その光の球は司令官の側をかすめるとミラージュ達が繋がれている十字架の上に舞っていた。
そしてその光球はやがて人の形に成り、エアロミラージュの十字架の上に舞い降りた。




「な、何者だ！」


　突然見慣れない者の出現に驚きの色を隠せないジェネラル＝ギン。そしてその驚きは彼女たちも同様だった。


「むうううう、んぐううう！」
「むぐぐぐぐ！！」


　異口同音に彼女たちは塞がれた口で叫んでいた。


（やっぱり……来て…くれた………）


　頭上に降り立った者の姿を見てエアロの目から歓喜の涙が溢れていた。


「よくもお姉さま達をこんな酷い目に遭わせてくれたわね。許しませんから！」


　光をまとった者は女性、それもかなり若い声で目の前のトリエ軍に対してその気持ちを吐露した。
言葉の端はしに押さえきれない怒りがこもっていた。
　そんな彼女に危険が迫っていた。敵の存在を認識したボンデクロスがあのバイオチップを構えた触手を伸ばそうとしていたからだ。
だがその前に動きがあった。


「おっと、その前にお姉さま達を助けなきゃ。“カタルシス・フラッシュッ！！”」


　そう叫んだ彼女の身体から別の眩い光が放たれ始めた。


「うおおおお、ぐううううう！」


　途端に辺りにいた兵士達がもだえ苦しみ始めた。と、同時にその身体にまとった装甲がボロボロになっていくのである。
　その光の威力は彼女の足元にいるボンデクロスにも影響を与えていた。
　

“グギャオォォォ！”


　鳴き声とも機械音ともとれない叫び声を上げてボンデクロスが苦しみ始めた。
彼女に伸ばそうとしていた触手もバイオチップもそしてミラージュたちの四肢を拘束していた触手までもがボロボロになっていき、
口を塞いでいたテープをも消し去っていくのであった。


「あ、力が入る。みんな！」


　口の自由が戻り、また身体の力が元に戻っていることに気づいたランドがいち早くその拘束から抜け出た。
それに続いてアクアとフレアがグズグズに成った触手を引きちぎり脱出に成功した。
そして一番痛めつけられたエアロをランドと光をまとった者が解放し少し離れたビルの屋上に降り立った。


「お姉さまたちぃ！」


　全員を解放できた喜びにその者は声を弾ませていた。


「あなた、久美子ちゃんなの？」
「ええっ？久美子？」


　その正体に気づいていたエアロが真っ先に問いただした。それを聞いた他の３人は目を丸くした。
　久美子とは彼女たちミラージュのマスコット的存在の女の子で名を植村久美子と言った。
コンピュータのエキスパートの彼女は年齢の関係で正式メンバーではないもののの資格を与えられて本部に出入りしていた。
　その時、各々のレシーバーに久々に通信が飛び込んできた。


「ああ、やっと繋がった。みんな大丈夫？」


　声の主は彼女たちの作戦リーダー、結城冴子の声だった。


「はい、何とか。でもリーダーこれってどういう事ですか？」


　エアロが疑問をインカムに向けてぶつけた。


「ごめんなさい。みんなには黙ってたんだけど、新型スーツの適合で彼女が一番適格だったのよ。始めから言うとあなたたち反対するでしょ？」
「だからって、何も久美子ちゃんまで……」
「お姉さま、話は後々！」


　そう言うと光をまとった者は身を翻し、いつの間にか迫ってきた野獣兵士に向けてパンチを繰り出していた。
それに続くようにミラージュたちも襲い来る敵を次々に倒していった。
　そのビルに来たモノを粗かた倒した彼女たちはジェネラル＝ギンのいるあの丘に戻った。


「き、きさま！何者だ？！」


　新手の敵の登場にたじろぐ司令官。その彼に向かって光をまとった者は高らかに名乗りを上げた。


「私はセントミラージュ５人目の戦士、“シャインミラージュ”よ。覚えておきなさい」
　シャインミラージュ。文字通り光を操る最新鋭のスーツをまとった戦士だった。


「なに？５人目？シャインミラージュだと？いつの間にお前ら……」


　ジェネラル＝ギンも５人目の登場には肝を冷やしていた。だがすぐに立て直して宣戦を布告した。


「何人現れようと倒すのみ、ソレ！！」


　そう言うと彼女たちの周りを数人の機甲兵士が取り囲んだ。そしてアンテナの様なモノが付いた銃で何かを放射し始めた。
すると途端にシャイン以外の４人が地面に跪いた。


「ハハハ、それはさっきまでの中和パルスとは威力が段違いのモノだ。どうだ、動けまい」　


　４人のミラージュの様子を見て再び威勢を取り戻した司令官。だが……。


「な〜んちゃって、みんな起きて」


　明るい声と共に先ほどまで元気を無くしていた４人がしっかりと立ち上がっていた。


「なっ、ば、ばかな！なぜだ？！」


　信じられない光景に目を疑う司令官。そこにシャインのからかうような声がした。


「ま〜だそんな手が通用すると思ってるの？お・ば・か・さ・ん」
「き、きさまぁ！」


　その態度で司令官の怒りに火がついた。なおも説明を続けるシャイン。


「さっきの私の技であんた達の作った兵器は使い物に成らなくしてやったの。お判り？」


　シャインの言う通り、彼女が放った“カタルシス・フラッシュ”はトリエが使う武器や機器、
果ては彼女たちの口を塞いでいたテープ状の拘束具までもその構成物質を破壊してしまう効果がある光波エネルギーを照射する技であった。
当然彼女たちの行動を抑制する為に仕込まれたバイオチップもその形状を維持できなくなり機能と共に消滅してしまっていた。


「そっ！でもそれを知らないだろうアンタは絶対こんな攻撃を仕掛けてくるだろうって思っていたからみんなでからかってやろうって決めてたの。
見事にハマったわね、うふふっ」


　シャインの言葉尻に乗ってフレアが全て芝居だった事を嘲笑しながら話した。


「こ、殺せぇ！こいつらを皆殺しにしろぉ！」


　日頃冷静な司令官もこれには激昂し、口調も激しいモノになっていた。
　だがシャインを加えた５人のミラージュの前にトリエの戦力は余りにも不足していた。
最初の一撃でその半数を潰され、人数の増えたミラージュ相手に遂にはその戦力も親衛隊のみとされてしまった。


「さあ、覚悟しなさい。ジェネラル＝ギン！」


　僅か数人の機甲兵の部下と共に周りを５人に囲まれた司令官。


「クソウ！まだだ、まだ勝負はついてはいない！」


　そう言うと周りの機甲兵士が司令官の前に集まり変形を始めた。
見る見るうちにその部下たちは巨大なビーム砲へと姿を変えていった。その銃座に座る司令官。


「ワハハハ、これでも喰らえ！」


　そう言うやいなや強力なエネルギー弾が次々と打ち出されていきミラージュたちを襲った。


「キャッ！」
「うわっ、ととと」
「くっそう！」


　飛び来る光弾は彼女たちの必殺技を打ち出すタイミングを完全に奪っていた。
行き場を失った光弾が彼女たちの後方で激しい着弾音と共に炸裂していた。その破壊力を横目で見ながら彼女たちは一様に思った。
「このままではいずれ力尽き、光弾の餌食になる」。


　その時だった。


「お姉さまたちぃ、私に力を貸して！」


　頭上高く舞い上がったシャインが４人にインカム越しに叫んだ。


「そうよ、彼女にあなたたちのエネルギーを与えて！」


　同時にリーダーからも指示が入った。


「判ったわ！いくわよっ！」


　すぐにその意味を理解したエアロが光弾を避けながら空気の塊のようなモノをシャインに投げた。
時を置かずにアクアからは水流が、フレアからは火球が、そしてランドからは稲妻がシャインに向かって放たれた。
　中空のシャインは胸と腕と足の装甲を展開させた。そこには鏡のようなモノが見えていてそこに４人から放たれた各々のエネルギーを順に受け止めていった。
　最後の稲妻を吸収したシャインの身体が金色に輝き始めた。そして両手を前でＸ字に組んで集中を始めた。


「これを喰らえ！消えろぉ！」


　その僅かな隙を狙ってジェネラル＝ギンの操るビーム砲が最大級のエネルギー砲弾をシャインめがけて放っていた。


「あっ！あぶない！！」
「逃げて、シャイン！！」


　他のミラージュたちがシャイン絶体絶命のピンチと思ったその瞬間、シャインの叫びが辺りに響いた。



「グランド＝インパクトッ！！！」




　その声と共にクロスした腕の中央から更に眩い光が弾けだし、光の帯となってまっすぐに司令官めがけて飛んでいった。
その光の帯はやがて光の龍へと姿を変え、相対するエネルギー砲弾をいとも簡単に呑み込むと生き物の如くその牙で砲台に襲いかかった。


「うぐあああああああ！！！！！」


　激しい光が辺りを包んだかと思うと耳をつんざく轟音と共に烈風が巻き起こった。
その光の中にビーム砲台もろともジェネラル＝ギンの姿が呑み込まれていった。
　やがて辺りが静けさを取り戻したとき、光の龍の飛び込んだ後はクレーター状に抉れていたのだった。
もちろん、砲台の影も形もなかった。


「ゴホ、ゴホンゴホン。ああ、酷い目にあった」


　そのうち瓦礫の中から誇りまみれになったミラージュたちが姿を現した。
グランドインパクトの威力を知らない彼女たち。だがその威力を察したランドがとっさに皆を地中に潜らせて身を隠す方法をとった。その適切な方法のお陰で無事に済んでいた。


「あれ？そう言えばシャインは？」


　フッと一息ついたところで肝心の人物が見あたらない事に気づいた。慌てて辺りを探す彼女たち。


「あ、あそこっ！」


　ハッと見上げた空からシャインが降りていた。というよりも木の葉のように舞い落ちていると言った方が良かった。


「久美子ちゃんっ！」


　すぐにエアロがハイジャンプを決めてその身体を抱き留めると地上に降り立った。
　エアロの腕に抱かれたシャインは気を失っているのか目を閉じて動かない。


「ねえ、しっかり、しっかりしなさいよ、久美子ちゃん！」


　動かないシャインにエアロの焦りが募る。最悪の事態を予見した。だが……


「お、おなかすいたぁ……」


　うっすらと目を開けるなりシャインが弱々しい声で言った。


「んもう、心配させてぇ……」
「アッハハハハ…」


　少し涙ぐむエアロ、そして笑いの渦に包まれた３人。


「それにしても凄い技だったわね。ジェネラル＝ギンもひと溜まりもなかったわ」


　その圧倒的な威力に驚くランド。アクアがそれに続く。


「ヤツが居なくなったって事は、私たちの勝利って事？」
「そうね。ヤツの居ないトリエはモノの数じゃないわよね」
「そうそう、ウフフフッ！」


　敵を倒せた喜びに話も弾む彼女たちであった。


「さあさあ、積もる話は後々。みんな、帰りましょう…」
　

シャインを背中におぶったエアロが皆に声をかけた。その時だった……。


「はっはっはっは、逆転勝利ってトコかな？おめでとう諸君」


　高笑いと共に聞き覚えのある声がした。


「じ、ジェネラル＝ギン？お前死んだ筈じゃぁ？」


　驚きの余り、ランドが叫んだ。辺りを見回してもその姿はなかった。お得意の声だけを響かせる通信機がどこかにあるのだろう。


「お前たちにやられたのは私の右腕さ。エアロくん以外は知っているだろう？彼女の事を」
「ま、まさか、替え玉？」


　途端にランドの顔が悔しさの色に染まっていった。それは他のメンバーも同じだった。
　あの時最後の抵抗をしたのはあの変幻自在の女兵士だったのだ。あの死闘を繰り広げている時に本物の司令官は逃走していたのだ。


「これで勝ったと思うなよ。特にシャインミラージュとやら、私の右腕を奪った代償は高く付くからな。覚えておくんだな、アッハッハッハ……」


　そう言った切りもうジェネラル＝ギンの声はしなくなった。


「ちっくしょう！せっかく倒せたと思ったのにぃ！」
「………」


　先ほどまでの勝利の余韻も消し飛び、今は悔しい想いで一杯の４人であった。


「ねえ…とりあえずご飯食べに帰ろうよ。お腹空いたし……」


　エアロの背中のシャインがその場の空気を変える一言を発した。


「くっ…くくく……」
「ふふふふ………」
「あははははは！！」
　あまりの一言に押さえきれなくなった４人は吹き出し、そしてまた笑いの渦が巻き起こった。
　そして４人の、いや５人になったセントミラージュは次なるトリエの侵攻に備え、決意を新たにしながら帰路に就いたのだった。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　第１部　　完