第4話 「全滅?!セントミラージュ」


   
 ランドミラージュが捕らえられてしまったほぼ同じ頃。
 別の場所を捜索していたフレアミラージュが街外れの小高い丘に何かある事に気がつき、そこに向かっていた。


「ランド、ねえランド。応答して」


 街に潜入した直後から通信を秘話モードにして、上空ではぐれたランドを呼び出そうとしていたフレア。
だが何度通信で呼びかけても応答がなかった。


「もう、何しているのかしら?ランドったら!」


 反応のないランドに苛立つフレア。少しせっかちな性格の彼女はついにランド
との合流を待ち切れずに1人丘に向かったのだった。
 空に昇る新月を少し過ぎた、ペーパームーンと呼ばれるくらいの月。
そのほのかな月明かりに照らされて丘の上にある“何か”がぼんやりと映し出されていた。


「何かしら、あれ……」


 丘のふもとまで接近したフレアが物陰に身を隠しながらそれを見ていた。
だが今の距離ではゴーグルの暗視モードでもその全てを見分ける事は不可能で、後は判別可能な距離まで接近するしかなかった。


「よおし……ハッ?!」


 意を決したフレアが行動を起こそうとしたその時、背後に気配を感じた。
 思わず格闘モードで身構えながら後ろを振り返ったフレア。だがその気配の持ち主は彼女にとって意外な人物だった。


「私よ、フレア」


 そう声を掛けながら微笑みを返したのは他でもないランドミラージュだった。


「もうっ!ランドぉ。どこに行っていたのよ。連絡もしないで!」


 不意に現れたランドに驚くと同時に安堵の照れ隠しからフレアは語気を荒めて言った。


「ごめんなさい。何だか通信を傍受されている様だったので通信を控えていたの」
「ええっ?それってやっぱり…」
「ええ、間違いないわ。ここのどこかにトリエの秘密基地があるはずよ」
「やっぱり。それじゃあアクアとエアロもどこかに来ているのかしら」
「2人の居場所なら知っているわよ」


 意外な言葉がランドの口から漏れ出た。


「ええっ?!ランド、2人と会ったの?」
「そうよ。それを知らせようって思ったんだけど通信を使わずにあなたを捜していたの」


 そう言い終えて微笑むランド。だが先程から彼女の何か落ち着き払っている態度が少し気になったフレア。
その思いを先に進めようとする前にランドが口を開いた。


「そうだ、フレア。一緒に来てくれない?確かめたい事があるの」
「えっ?何を?」
「ホラ、あそこ見て」


 ランドは先にある丘を指差した。


「あそこに何か立っているでしょ。あれが何なのか調べたいの」
「ええっ?あなたもあれに気がついたの?私も今それをしようと思っていたの」


 フレアは奇しくも同じ考えを持っていたランドに先程の思いを胸の奥に終い込んだ。


「それじゃあ話は早いわ。すぐに行きましょう」
「ああ、チョット待って!」


 そう言って行動を起こそうとしたフレアを引き留めたランド。


「これを預かっていたのを思い出したの。ハイ」


 ランドはどこからか切手大の小さなブローチの様な物を取り出してフレアに渡した。


「えっ?何?コレ」


 不意の事に戸惑うフレア。


「新しい制御装置だそうよ。スーツに着けるとその機能を発揮するんだって」
「機能って…どんなの?」
「それは使ってからのお楽しみって事で」
「ふうん……」


 フレアは怪訝そうな顔をしながらもそれをアーマーの内側に取りつけた。その様子を見たランドの瞳が妖しく光った。
  やがて物陰に隠れながら丘の中腹まで接近する2人。
  途中で見張りに付くトリエの野獣兵士を何人も見つけ、丘の上にあるモノが重要なモノだと確信するフレア。
  やがて暗視装置で判別可能な距離まで近づき再度確認する2人。
  その側には見張りが立ち、やはりそれが重要なものだと物語っていた。
  近くで見てもそれは十字架の様相を呈していた。だが裏側から近づいた様で、表側に何があるのかは全く判らなかった。


「ねえ、あれってやっぱり十字架かしら?」


  フレアが口を開いた。
  
  
「さあ、ここからじゃ判らないわね。新型のアンテナって事も考えられるし…」
「ううん……」


 判断に苦しんだあげく、思い切って表側に回り込む事にした。もしも新型アンテナならその場で破壊してしまおうと結論付けたからだった。
 周りの見張りに見つからない様に闇と物陰に隠れながら前に回り込み、あと少しの所に来た時、車が近づいてきた。慌てて身を隠す2人。
 装甲車の様な車の後ろから3人の人影が降りてきた。そのうちの1人は他の2人から両脇を抱えられるようにして歩かされていた。
そしていつの間に出来たのか、石の壁のようなモノの前に連れて行かれそこに背を向けるように立たされていた。
 薄ぼんやりとした空間で行われる事態を、息を殺して見守るフレア。
2人は背格好からトリエの兵士だというのは判ったが、もう1人はどういう人物かは判らなかった。


「あっ!!」


 そして次の瞬間に起こった事態にフレアは息を呑んだ。
 石版のようなモノの中から触手のようなモノが伸びて立っている者の手足に絡むとその手足を引きつけて壁面に固定していた。
それだけに終わらず、その石版は形を変えていき、2つある十字架の様なモノと同じ形に変形していったのだ。


「ま、まさか……」


 フレアの頭の中に良くない想像が巻き起こった。
少なくとも今トリエの兵士に連れて来られたのはトリエの敵、つまりトリエと戦っている者という事になる。
それは最悪自分たちの仲間である可能性が大きかったのだ。それがアクアなのかエアロなのかは判らないが。


「ランドッ!今の人助けよう!」


 意を決したフレアがランドに言った。と同時に飛び出して行くフレア。
 それに気がついた兵士がフレアに襲いかかった。


「邪魔よっ!」


 勢いついたフレアがアッという間に2人の兵士をなぎ倒した。そして今十字架に掛けられた者の前に走り込んでその人物の姿を見た。


「ええっ?!うそっ!何で?」


 暗視装置の助けを借りなくても相手の容姿が見える場所でフレアは混乱していた。
 その十字架に掛けられているのは誰あろうランドその人だったのだ。
手足を十字に固定されガックリとうなだれていた。口はテープの様なモノで封じられていた。


「ハッ?!」


 直感的にその隣に立つ2本の十字架にも目をやり、更に衝撃的な状態を目にしてしまった。
その隣の十字架にも同じ様にされたアクアとエアロの姿があったのだ。


「どう?いい眺めでしょ」


 そう言いながらランドの姿と声のする女が近づいてきた。女は口元を緩め、妖しい視線をフレアに投げかけていた。


「あ、あなた、いったい誰?」


 今までランドだと思っていた相手に言い放った。反面、その正体の知れない相手に少なからず恐怖を感じていた。


「ハァッハッハッハァ…」


 その時遠くから高笑いが聞こえてきた。聞き覚えのある声が・・・。


「そ、その声は……」


 その声の主に気がついたフレアが身構えながら声のする方を向いた。
 そこにはトリエの司令官、ジェネラル=ギンがこちらにゆっくりと歩いて来ていた。


「おやおや、炎のお嬢さん。ずいぶんと最悪の場面に現れてしまいましたな」


 不敵な笑みをたたえながらランドの姿をした女の隣についた司令官。


「こ、これは、どういう事なの?」


 かなり不利な状況を知りつつ気丈に問い詰めるフレア。


「ハハハ。やはりどんな状況になってもお嬢さん方は気丈ですね。よろしい、お教えしましょう」


 司令官は余裕を持ってフレアにタネあかしを始めた。


「お前さんがランドミラージュだと思っていたコレは私の片腕でね。こんな特技があるんだよ」


 そう言うと何か指示を出す司令官。すると側のランドの姿をした女が司令官の頬に手をやった。
そして少ししてからフレアの信じられない事が展開された。
 司令官の頬に手をやった女の姿が見る見るうちに変わっていき、モノの数秒もするうちにその姿形が司令官とそっくり同じ姿になっていったのだ。


「どうかな?驚いただろう。こんな芸当が出来るんだ」


 そう言ったのはたった今までランドの姿をしていたモノの言葉だった。
だがその声も司令官と寸分違わない声だった事にフレアの背中に冷たいモノが走った。
 だがフレアも何も出来ずにいた訳ではなかった。チャンスの有無を見分けようと必死に状況判断に勤めていた。


(いくら司令官でも私のバーニングサイクロンを受けたらタダでは済まないはずだわ。そしたら他の三人を助けて一旦退却。それしかないっ!)


 決死の覚悟を決めたフレアが体を交わし、最大の技を繰り出そうとした。


「バーニン…あうっ!はああぁぁぁ……」


 だが身構えて技を繰り出すポーズを取り始めた時、身体から見る見る力が抜けていくのを感じるのであった。
直にその場に立っている事も出来なくなり崩れる様に地面に倒れ伏したフレア。


「な…なんで……ち、ちからが……」


 何が起こったのか全く理解できずにいたフレア。何とか上げた視線の先に見えたモノは
司令官が手に箱のようなモノを持ってこちらに向けている姿だった。




「そうそう、言い忘れていたんだが……」  そう別の方向から声がしてもう一人の“司令官”が地面に倒れたフレアに近づいてきた。 「少し前にお前さんに渡したアレの事覚えているか?」  フレアの側で立ち止まった司令官はその場でしゃがみ込みフレアの頬に手をやった。 「あっ、あああぁっ!」  何をされるのかと見上げたその先で信じられない事が展開されていた。 司令官の姿をしたその者がものの数秒の後には自分とそっくり同じ姿かたちに変わっていたのだ。驚愕の声を上げる本物のフレア。 「さっきあなたに渡した制御装置の事覚えてるでしょ?今あなたに起こった事はそれのおかげよ」  “フレア”の姿になった女は事も無げに説明を続けた。フレアと同じ声で…。 「新しい制御装置って言ったでしょ?それはあなたたちのスーツに施されているシールドを無効にするアンチシールドチップなの。 で、今司令官があなたに“エネルギー中和パルス”を浴びせて体中の力をなくしちゃったって訳。判った?」  自分と同じ姿と声をした者が自分に語りかけている事にフレアは一種別の恐怖を感じていた。 「わ、私を…騙したのね…」  悔し紛れに言葉を絞り出すフレア。 「騙したなんて人聞きの悪い。私言ったハズよ、新しい“制御装置”だって。機能は使ってからのお楽しみだって。うふふ……」  勝ち誇った笑い声を残してフレアの側を離れる女。それと入れ替わるように数人の兵士が近寄ってきた。 そしてフレアの両脇を抱えて立たせると別の兵士があの石版を台車に乗せて運んできた。 「さあ、他のお嬢さん方をあんまりお待たせしては失礼だ。涙の再会の用意をして差し上げましょう」  満面の笑みをたたえた司令官がそう言うと指を鳴らした。するとフレアを抱えた兵士達が石版の前に行きフレアをその場に立たせた。  すぐさま、”シュルシュル”と音を立ててフレアの手足に触手が絡みつき壁面に張り付けていた。 「くうぅっ…」  引き寄せられた衝撃に痛みが走りフレアが声を漏らした。そして身体を揺すろうとしたが全く力が入らない事を再度思い知らされた。  その身動き取れなくなったフレアの前に司令官が歩み寄った。 「さあ、感動の再会の時間ですよ。でもその前に…」  そう言うと司令官は懐から1枚のテープを取り出し、それをおもむろにフレアの鼻から下を被うように貼り付けた。 「ふんぐうううう!むううう!」  唯一自由だった口までも塞がれた事にフレアが精一杯の抗議をしていた。 「お友達と一緒にいてあんまりワイワイ騒がれるのも近所迷惑なのでね…すいませんねぇ」  冗談をこぼしながらテープの貼り具合を確かめた司令官はそこから数歩後ろに下がった。  するとその石版も変形を始め、他の3つと同じ形に治まった。  この丘に4本目の十字架が立った。その景色を感慨深げに見やる司令官。 「さあ、セントミラージュのお嬢さん方。しばしの間再会の喜びを味わっていてください。まあ、おしゃべりは出来ませんがね、ハハハ」  勝ち誇った司令官の言葉に他のミラージュたちも嫌悪と悔しさの満ちた視線を送っていた。その視線に気づいたのか更に言葉を続けた。 「ああ、そうそう。お嬢さん方の処刑は明日の正午と決まりましたよ。それまでのわずかな時間を楽しんで下さいね、それじゃあ……」  そう言うと装甲車に乗ってどこかへ行ってしまう司令官。  永い永い夜が明け、いつしか辺りが明るくなり、やがて遠い地平線から真っ赤な朝日が昇り始めた。  その朝日に照らし出される4本の十字架。 「ふんんぐうう!むううう!」 「んぐぐぐ!くううう!」 「んんんん!むんんんん!」 「くむううう!ふうううう!」  4つの十字架の上で4人の少女戦士が不自由な身体を精一杯動かして何とか脱出出来ないかと最大限の努力を、 しかし空しい努力を繰り返していた。  彼女達を捕らえている生体マシン“ボンデクロス”はその表面から弱いながらも絶えず「エネルギー中和パルス」を発し続けていた。 その為、彼女達は常に力を抜かれた状態に陥らされていた。 おまけにそんな無防備な状況の下、不定期で電撃を喰らわされていた。 おかげで体力に加えて精神力までもギリギリの所まですり減らされていた。  それぞれの目に焦燥と恐怖の色が時間が経つに連れ色濃くなっていくのが判った。  はたしてこのまま彼女たちセントミラージュはトリエの手によって抹殺されてしまうのか?救いの手は差し延べられないのか?  無情の太陽だけが徐々にその高度を上げていった。



                         

つづく


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