第２話　「エアロミラージュ、奸計に堕ちる」

　  
　　アクアが捕らわれた直後の事。他のミラージュ達の通信装置に緊急通信が飛び込んできた。
ただそれは音声通信ではなく文字のみでの通信であった。


『トリエの秘密基地を発見。現在潜入中。応援を。エリアガンマ、ポイントＤ−５の廃墟街』


　その通信文は別件の調査を行っていたエアロミラージュこと新堂昌の元にも届いていた。
　諜報活動を得意とする忍者戦士の異名も持つエアロがアクアから送られた通信文に一番に疑問をもった。


（アクアが秘密基地に潜入中？それにしてはおかしいわ、あの美鈴が単独行動を取るなんて……。それに文字通信だなんて……）





　美鈴とは何度も行動を共にしている晶。どちらかと言うと行動派の晶に対して美鈴はかなりの慎重派だった。
そんな彼女が仲間を待たずに潜入調査を始めるなど晶には到底考えられなかった。
ましてや潜入を開始してから連絡を入れるなど美鈴の性格からして理解できない事だった。


（きっと何かあったんだわ……）


　晶の第六感が美鈴の危険を知らせていた。


「本部、新堂です。アクアの応援に向かいます」
「え？チョットアキラ待って……」


　調査を切り上げとりあえず形だけの連絡を本部に入れた晶はすぐさま指定のエリアガンマ、ポイントＤ−５に向かった。
だがこの時晶は大きなミスを犯していた。美鈴の安否確認を優先させる余り単独で動いてしまったのだ。
これが後々の災いの元に成るとも知らずに……。
　晶はエアロミラージュにチェンジして専用のハンググライダーを駆り、得意のステルス機能を使って人知れずその廃墟の街に潜入した。
ステルス機能とは、その身に空気の層をまとって光の屈折を変える事で背景と同化して姿を消す事が出来る能力だった。


（あっ…あれなに？）


　街に到着してすぐにエアロは一番目立つモノの存在に気がついた。
　荒涼とした廃墟の外れにある小高い丘に何かポールの様なモノが立っている。
いや、ポールというよりも石碑か塔の様なモノだった。
その先端付近に何かがある事に気づいたエアロはすぐにその丘の近くまで行き、
岩陰に身を隠すと頭部プロテクターに仕込まれたカメラのズーム機能を働かせた。


（そ…そんな……）


　ゴーグル内に映し出された光景にエアロは言葉を失った。
　そこに立っていたのは不気味な十字架だった。そしてそれに応援を求めているはずのアクアミラージュが磔にされていたのだ。
テープで口まで塞がれたアクアは力なくうなだれ、ゴーグルの奥の瞳には光るものも見えていた。
　ここへ来る前に感じていたエアロの予感は不幸にも的中してしまった。


（アクア…やっぱりこんな事に……）


　アクアのすぐ側にまで接近したエアロはすぐさま助けに行こうと考えた。
　だが、再びエアロの第六感が警告を発した。


（でもちょっと待って。アクア、ミラージュスーツのまま捕らわれてる。おかしいわ）


　セントミラージュは女の子といえどトリエと戦う為に必要な戦闘力を持っている。
それは身に着けているスーツの性能のお陰で、いかなる屈強な兵士に対してもそうたやすくは屈しない程のものであった。
ましてやスーツには緊急時に特に威力を発揮する“マジックシールド”が、
更には緊急回避用の“クロウズドミラージュ”というシステムが施されているのでトリエが使う兵器に屈したり、
無抵抗状態に陥ってしまう事など通常では考えられない事だった。


（アクアの身に何かあったの？それとも……）


　エアロはあれこれと可能性を考えてみた。
そしてアクアが架けられている十字架の上の方に目の様なモノがあるのを確認しそれがトリエの生体兵器とすぐに確信した。
　それにより今の事態がトリエの新兵器に因るモノと結論づけたエアロはアクアの救出の前に周囲の調査と仕掛けの有無を調べる事にした。


（アクア、もう少し我慢しててね…）


　エアロは後ろ髪を引かれる想いでアクアの見える所を離れた。
アクアがスーツを装着しているという事は通信機を使ってアクアのレシーバーに助けに来たのを知らせる事も出来た。
だがこういう状況では通信が傍受されている事も考えられたので諦めた。
　再びステルス機能を使い街中に潜入するエアロ。盻んだ通り、街のあちこちにトリエの兵士が隠れ潜んでいた。
　その中でも１つの壊れ掛けたビルにエアロは注目した。
　そこは入口近くを数人の機甲兵士が秘かに固め、半壊した建物の上に目立たない様に偽装されたアンテナがいくつも取り付けられていた。


（ひょっとしてここは？）


　エアロは意を決して潜入を開始した。
　見張りの兵士の横をすり抜けて入口に向かうエアロ。兵士達にその姿が見えるはずもなく難なく建物内に入るとすぐに地下に降りる階段があった。
　そこを降りると左右に伸びる廊下があり、そこにいくつかのドアが並んでいた。
そのドアの１つから２人の野獣型兵士が出てきた。


「あいつもかなり強情だな」
「それも時間の問題さ。すぐに秘密を吐くぜ」


　何やら話しながら上に上がっていく兵士達。


（他に誰か捕まっているの？）


　兵士がしゃべっていた事が気になり、その部屋のドアを開け中に入るエアロ。
　薄暗いその部屋の中でエアロは思わぬ光景に息を呑んだ。


「み、美鈴っ？！」


　思わず声を漏らしたエアロ。その部屋の奥にはナント丘の上で十字架に掛けられている
筈のアクアこと海野美鈴が天井から下がるクサリに繋がれてグッタリとうなだれていたのだ。
拷問されていたのか口元には血が滲んでおり、顔のあちこちにアザが浮かんでいる。
ムチで打たれたのか服のあちこちは破れてそこから覗く素肌からも血が流れていた。
　それを見たエアロはすでに冷静さを欠いていた。思わぬ展開、
そして救出しなければならない相手がすぐ目の前に現れた事がエアロの警戒心を僅かに緩めさせた。
　すぐに美鈴の側に駆け寄ろうとして部屋の真中まで来た時だった。突然美鈴の目が開き、エアロを見てニヤリと笑ったのだ。


（えっ？何？！）


　突然の事に困惑し立ち止まるエアロ。その一瞬の隙に次なる事態が襲いかかった。
床から無数のテープ状の物が飛び出したかと思うとエアロの手と言わず足と言わず絡み着き、身体中をグルグル巻きにする程に巻き着いた。


（し、しまった！罠？！）





　それが罠である事に気づいた時はすでに遅く、身動き取れなくなりその場に倒れ込むエアロ。その姿はまるでエジプトのミイラの様であった。


「ウグゥウウ！」


　顔半分を残して身体中にテープが巻き付く事で口元にもテープが重なり言葉も封じられてしまったエアロ。
　エアロたちミラージュの特殊能力はゴーグルに着いたレシーバーマイクを介したボイスキーによって起動する様になっていた。
その為口を塞がれる事はミラージュ達の数少ないウイークポイントの一つだった。スーツの秘密を暴いた事によるそこを突かれた攻撃であった。


「ンムグウ！ングググゥ！」


　芋虫の様にされたエアロが必死になってもがいていた。その顔の前に何者かの足が伸びてきた。
それを見上げるエアロ。そこには先程まで鎖に吊されていた筈の美鈴が腕組みをし、不敵な笑みを湛えながらエアロを見下ろしていた。


（み、美鈴…何で……？）


　訳の分からないエアロが信じられないという目で美鈴の顔を見つめていた。
　そこに聞いた事のある高笑いが響き、部屋に数人が入ってきた。


「アッハッハッ。見事にワナに掛かってくれたね、お嬢さん」


　声の主は誰あろうトリエの司令官、ジェネラル＝ギンだった。


「ここはお前たち、特にお前さんを捕らえる為に準備した特別製のワナなんだよ。喜んでもらえたかな？」
「ウグググ！ウウウウ！」
（そ、それじゃあ計画通りにここに誘い込まれたっていうの？私・・・？）


　エアロは信じられなかった。ここまで用意周到にワナを張られていた事が、そしてここに入る事までも想定されていた事を。
　エアロの横にしがみ込み、その顔を覗き込みながら言葉を続けた。


「それにしてもお嬢さん方の中で一番の切れ者のお前さんがこんなに早く捕まってくれるとは嬉しい限りだよ、アッハッハッ・・・」


　そう言いながら勝ち誇った様な笑い声を上げる司令官。
　動きを封じられたエアロには嫌悪に満ちた視線を投げ掛ける事しか術がなかった。
　それを見た司令官が戯けた調子で言った。


「おお、恐い恐い。そんな恐い目で私を見ないでくれよ。お嬢さんにはいい所に連れて行ってあげるから。おいっ」


　そう言うと側に立っていた“美鈴”がエアロの前にしゃがみ込んで言った。


「エアロ、ごめんなさいね。でももうすぐ仲間に逢わせてあげる」


　懐から銃の様なモノを取り出してエアロの顔の前に構えた。


「うぐっ！」


　思わず顔を引き吊らせるエアロ。


「ご心配なく、別にこれで殺そうって訳じゃないから。少しの間おとなしくしてもらうだけだから」


　そう言うと“美鈴”は銃の様なモノをエアロの首筋に突きつけ、その引き金を引いた。
すると銃口からはシュッという音がし、それと共に何かが高圧で首筋に打ち込まれていた。


「ぐうううっ・・ぐう・・ううう・・」


　首筋に何かを打ち込まれたエアロは苦悶の表情を浮かべ、小さなケイレンが起こったと同時に視点が定まらなくなり、やがて意識を失っていった。

　深い闇の中から再び意識を取り戻したエアロ。その身に起きている異常に気がつくのにそう時間はかからなかった。
　うっすら開いたエアロの目には荒涼とした風景が見えた。
何が起こったのかまだ理解出来ていないエアロが身体を動かそうとしたが何かに固定されていて身動きが取れない。
口にも何かを張りつけられて言葉を発する事が出来なかった。


「ムグウウウウ！フングウウ！」


　自分の姿を確認したエアロは驚きと嫌悪の声を発した。
　今エアロは、少し前に見たアクアと同じ様に十字架に架けられ、両手両足を拘束されていた。おまけに口も大きなテープで塞がれてしまっていた。
　必死に力を込め、拘束を振り解こうとするエアロ。だが力が入らないのだった。
　そこにまたあの声がした。


「おやおや、お目覚めのようですね。いかがですか？お望み通り仲間の側に居られるのは、アハハハ！」


　ジェネラル＝ギンの勝ち誇った声が十字架の側のスピーカーから聞こえてきた。


「お前さんも不思議に思っているだろう？どうして力が出ないのか」


　そこで司令官は施した仕掛けの種明かしをし、エアロが気を失っている間にその身体にもアンチシールドチップが取り付けた事を言って聞かせた。


「じきに他の仲間も来てくれるだろうからそれまで２人で待っているんだな、ハッハハハ」


　そう言って司令官の声がしなくなった。


（ち、ちくしょう・・・・）


　エアロは無駄を承知で身体を揺すって抗いを試みた。
だが少し力が入ったかと思うと何かに吸い取られるように力が抜けていくのが感じられ、身動き取れなくなってしまうのだった。


「うぐ・・うううう・・・」


　焦るエアロの耳に弱々しい呻き声が聞こえてきた。その方を見たエアロの目は落胆の色に染まっていった。
　そこには助ける筈だったアクアが同じ状態でエアロの横に磔にされ、エアロを悲しそうな目で見ていた。
そう、エアロはアクアと同じ丘に並んで十字架に掛けられて居たのだった。


（何てこと、助けに来たはずがこんな事になるなんて・・・なんていう失態・・・）


　エアロは自分の侵したミスとアクアに対するすまなさに、目から熱いものが流れ出すのを押さえられなかった。
　今にも降り出しそうな鉛色の空の元、丘の上に晒された二人の少女戦士。
　二人の運命は？そして仲間は無事に救出する事が出来るのだろうか？

つづく