第1話 「あやかしの町 囮にされたアクアミラージュ」


 荒涼とした廃墟の街。かつては華やかな繁華街だった街並みも先のトリエによ
る大侵攻で死せる街へと変えられてしまった。
 そんな崩れたビルと瓦礫の山を望む少し離れた小高い丘の上に一本の十字架が立てられた。
 奇妙な形と色をしたその十字架には戦士が一人磔にされていた。ブルーにパー
プルの色合いのコスチュームに身を包んだ、悪の軍団「トリエ」と戦う「セントミラージュ」の1人、アクアミラージュであった。
 その手足には背後の十字架から延びたチューブのような物が絡みつき、身動き出来ないほどに固定されていた。
おまけに頭を覆うゴーグル状のプロテクターの下から覗く口元にはダクトテープの様なモノが被う様に貼り付けられ言葉の自由までも奪われていた。
 時折“バシッ”という短い音と共に閃光が走り、自由の効かない身体を仰け反らすとグッタリとなる事を繰り返していた。
 少しうなだれていたアクアがその頭をゆっくりと上げ夕日が沈もうとしている地平線の先をゴーグルの奥の憂いに満ちた目が見つめていた。


(…みんな……来ちゃ…ダメ……)
 

言葉に出来ない悲痛な叫びを心の中で叫んでいた。そして自分の墜ちた罠の事を改めて悔やむアクアであった。
         *  *  *  今から1時間くらい前。  アクア・ミラージュこと海野美鈴はトリエの不穏な動きを追ってある街を調査をしていた。  そこは先の侵攻によって壊滅し都市機能は失われているはずの場所であった。 もちろん残留者のコロニーもここには存在しない事になっていた。だがここに通常では考えられない熱反応と金属反応をキャッチした。 トリエの前線基地の疑いもあるが、逃げ遅れた一般の人々が独自のコロニーを形成していた事例もある事からその調査をセントミラージュが 請け負うことになった。 本来ならエアロの任務だが彼女が別の動きを探る任務に従事していた為にアクアが代わりに調査に赴いていた。  探知機を使っていろんな反応を調べたがそれらしい形跡も掴めぬまま調査を続行していた美鈴。 その彼女の耳にいきなり女性の悲鳴が飛び込んできた。 「…た、助けて!…」  その声のする方に駆け出す美鈴。ビルの反対側の通りに出るとそこにはトリエの機甲兵士に追われる女性がいた。 「トリエっ!やっぱり…」  その光景で全てを察した美鈴はすぐさまチェンジの体制を取った。 「アクア・フォーゼッ!!」  その掛け声から一瞬眩い光が美鈴を包んだかと思うと、 次の瞬間には美鈴の姿はブルーを基調色としたミラージュスーツに身を包んだ姿へと変わっていた。 「はあっ!!」  気合い一閃ジャンプしたアクアは逃げる女性と追っていた機甲兵士の間に割って入った。 「お前ら!何を企んでいる?!」  アクアは戦闘態勢を取りながら機甲兵士を睨み付けた。 「×∞#@*£¥∇√÷!!」  人には理解できない奇妙な声を上げた機甲兵士がすぐに襲いかかって来た。 だが力的には野獣兵士に劣る機甲兵士の攻撃などモノの数ではなく、アクアは難なくそれらを倒すとその女性の元に戻った。 「ど、どうしたんですか?何があったんですか?」    怯える女性をなだめる為にチェンジを解いた美鈴。するとその女性は美鈴の姿を見るや、抱きついてきた。 「落ち着いて、落ち着いて下さい。もう大丈夫ですから」  何とか女性を落ち着かせようと抱きつかれたまま声をかける美鈴。だがその彼女の耳元に信じられない言葉が囁かれた。 「ええ、落ち着いているわ。アクアさん」 「な、何っ?!」  驚いた美鈴が反射的に抱きつく女性を振り解いて身構えた。  今まで怯えていたと思っていた女性は表情を豹変させ、不気味な笑みを美鈴に投げかけた。 「あ、あなた…一体何者?」  突然の事に少し狼狽えた美鈴。だがすぐに敵意を感じ戦闘モードに入った。 「フフフ、あなたの負けよ。アクアさん」  そう言った女性が右手を挿し上げた。するとどこからともなく野獣の姿をしたトリエの戦闘員が数名姿を現した。 「そう、そういう事。仕方ないわ。アクア・フォーゼッ!」  相手がトリエの尖兵だと認識し、美鈴は躊躇なくチェンジして挑み掛かった。  1人、また1人となぎ倒していくアクア。そしてあの女1人になった。 「もうあなただけよ。覚悟しなさい!」  だがアクアのその言葉に女は怯まなかった。むしろ余裕の笑みすら浮かべていたのだ。 「フフフ、覚悟するのはあなたかもよ?」  なおも不敵な笑みを浮かべる女に一抹の不安を覚えながら、アクアは女に挑み掛かろうとした。だがその時異変が起こった。 (ア、アレ……?)  駆けだしてすぐに足に力が入らなくなったと思うと全身に脱力感を覚えた。そして駆けだした勢いのままアクアの身体は女の前に倒れ込んだ。 「アレアレ?どうしたのかしら、こんな所に倒れたりして」  足元に倒れるアクアに、しゃがみ込んだ女が尋ねていた。  驚いたのはアクアの方だった。急に全身に力が入らなくなり、指一本動かす事が出来ないのだ。 「ど、どうして……」  口を開くのもままならず、弱々しい言葉を漏らすアクア。  そこに女の言葉が投げかけられた。 「ごめんなさいね。さっきあなたに抱きついた時チョット細工させてもらったの」  そう言うと女は手に持ったボタンの付いた箱のようなモノをアクアに見せた。 「これがあなたを動けなくさせてるの。詳しくは後で教えてあげる。その前にチョットお寝んねしてもらうわよ」  そう言うとアクアの鼻先に別の箱状のモノを突きつけた。 そこからガスの様なモノが吹き出してアクアに浴びせられた。 途端にシビレを覚えるアクア。そして数秒経たないうちにその意識は深い闇の中に墜とされていった。  動かなくなったアクアを確認するとまた合図を送る女。 するとどこからか別の野獣兵士が装甲車に乗って現れ、アクアの身体を抱えると装甲車に乗せ女と共に走り去っていった。  あれから少し時間が経ち、装甲車内で意識を取り戻したアクア。 装甲車の後部座席に座らされ、その両手には金属で出来た重厚な手枷が填められていた。 両脇には野獣兵士がアクアを挟むように座り、その前の席にあの女が座っていた。  気づかれない様に身体を動かして自身をチェックするアクア。 先程の脱力感は感じず、力の回復を感じていた。 が、それも全力ではないことに気づいており今は黙ってされるままになってトリエの企みも探ろうと考えた。 そんなアクアの動向を気づかれない様に見ていた女がニヤリと笑っていた。  やがて車が止まり、荒々しく降ろされるアクア。着いた所は小高い丘の様な場所だった。  そしてそこに見覚えのある者の姿を見つけた。アクアたちセントミラージュの敵トリエの作戦司令官“ジェネラル=ギン”の姿であった。  左右に着く屈強な野獣兵士がアクアの両腕を抱えて司令官の元に歩かせていた。 「おやおや、これは麗しのアクア嬢ではありませんか。ようこそ我実験場へ」  敵ながら丁寧な言葉遣いでアクアを出迎える司令官。 「汚い手で私を捕まえて、何を企んでいるのっ!」  囚われの身になったとはいえ、トリエへの闘争心は失わないアクアであった。が……。 「ハハハ。威勢だけはまだいいようですな。おい、その手枷を外してやれ」 「えっ?よろしいので?」 「いいから」 「はっ」  少し躊躇しながらも兵士の1人がアクアの手枷を外した。そしてその時わずかばかりの隙が生じた。  チャンスとばかりに兵士を殴り飛ばすアクア。その辺はダテにミラージュを名乗っていなかった。 アッという間に2人の兵士を倒すと一気に司令官との間合いを詰めた。 「司令、コレを……」  その司令官の横にあの女が寄り添うように立つとあのボタンの付いた箱を手渡した。  迫るアクアに対し不敵な笑みを浮かべた司令官は間合いを見計らうと受け取った装置のボタンを押した。 「はあううう……」  突然その場に崩れ落ちたアクア。街で戦っている時に感じた脱力感に再び襲われ全身の力が一気に抜けてしまっていた。 「もう忘れたのかな、お嬢さん。お前さんが変身する前からすでに我々の意のままになっている事を」  地面に這いつくばるアクアを勝ち誇ったように見下ろす司令官。 「…どうして……こんな…事が……」  さっきといい今といい、アクアには信じられない事の連続だった。  つい今し方まで自由に動いていた身体が突如全く効かなくなり、全身が鉛に包まれた様な強い脱力感に支配されて身動き出来なくなってしまう。 女や司令官があの箱のようなモノを操作するとそれが起こる事までは理解できている。だがその理由が判らないのだ。 「ハハハ、訳が分からず混乱しているみたいだな。その理由を教えてやろう。コレの秘密をな……」  司令官はボタンの付いた箱を示しながらアクアに起こった現象の説明を始めた。  アクアたちミラージュたちがまとうミラージュスーツにはトリエが使う悪の科学兵器から発せられる電磁波や放射線から身を守る為の “マジックシールド”が施されていた。 だがトリエはスーツの秘密を暴き、そのシールドを無効にするバイオチップ“アンチシールドチップ”の開発に成功していた。 そのチップを先の街での戦闘時、あの女は美鈴に抱きついた時に取り付けてしまった。あの街での事はこの為に行われた陽動作戦であったのだ。 そうとも知らない美鈴はチェンジし、チップを内包したまま戦う事となり、結果スーツの防衛機能を無効にされてしまった。  バイオチップ開発と同時にトリエはスーツの生体パワーを増幅するシステムを逆利用した“エネルギー中和パルス”の開発にも成功していた。 バイオチップの為に特定の電磁波には無防備の状態にされた上でエネルギー中和パルスを浴びせられると身体の力やコスチュームが放つ補助動力が相殺され、力を出すことが出来なくなるのだ。 「く、くそぅ……」  全てを理解したアクアが地面に伏したまま悔し紛れの言葉を漏らした。 「じゃあアレを始めろ。オイッ!」  司令官は何かを始めるよう合図を出した。すると倒れていた兵士がヨロヨロと立ち上がりアクアの元に向かった。 そして両脇を抱えるといつの間にか現れた奇妙な形をした石板の前に連れて行くとそれに背を向けるように立たせた。 すると何とか立っていられるだけのアクアの背後から“シュルル”っとチューブの様なモノが飛び出して来て手足に絡み着き、 一気にそれらがアクアの身体を背後の石板に固定してしまった。 「クッ!」  勢い良く引き寄せられ背中が石版に叩きつけられる格好になり痛みの声を上げるアクア。 何とか動こうと手足を動かしてみたがそれらはビクともしなかった。 「それじゃあ、そろそろお嬢さんには本来の役目に就いてもらいましょうか」 「役目?役目って何をさせるつもり?」  初めの思惑とは正反対の方向に動く事態に次第に焦りの色を濃くし始めたアクア。そんな彼女の焦りを煽るように司令官が言葉を続けた。 「おっと、紹介が遅れたね。君の後ろにいるのは私の忠実な部下で生体マシンの“ボンデクロス”という奴だ。以後お見知り置きを」  司令官は勝ち誇ったようにアクアの前に進むとアクアを捕らえている“石板”の紹介を続けた。 「こいつには色々仕掛けがあってね、今の様に獲物を自分に取り込んだり、形を変えたり出来るんだよ。こんな風に……」  そう言うと突如石板が変形を始めた。アクアの手を固定している部分が肩の高さにまで上がっていき、横一文字になって止まった。 その形はちょうど十字架の様であった。  さらに変化は別の部分にあった。アクアの頭の上辺りに大きな目のような物が現れたのだ。そして触手のような物が現れうごめいていた。  司令官はアクアのあごを掴むとグイッと引き寄せ話を続けた。 「こいつがお前さんのお相手をしてくれている間にお前さんの仲間もここに来てくれるだろう。そこからがお前さんの役目だよ」 「フン、そう簡単におびき出せるもんですか?」  アクアは精一杯の強がりを見せた。だが何か装置を操作した後それを見せる司令官。 「これ何だか判るかな?お前さん達が使っている通信機と同じ通信波を出すことが出来るヤツでな、今これでお前名義で通信を送っておいたよ。 ここに秘密基地があるってな」  それを聞いたアクアの背中に冷たいモノが走った。バイオチップや中和パルスだけでなくここまで周到に準備している事に初めて恐怖を感じた。  それと同時にアクアは緊急装置の起動を決めていた。 今の様に万が一囚われの状況に陥った場合、最後の手段としてスーツに残された全エネルギーを爆発的に放出し周辺の敵を 倒してしまうという機能が残されていた。 その場合現在の位置情報と今まで得た行動データを本部に送り込む機能も作動し現状を知らせる事が出来るのだ。 但しこれは同時にスーツの機密保護と装着者の生命維持機能確保の為に全機能を停止させ全身を装甲で覆う為に自身が動かない人形状態になってしまうのである。 だが躊躇はしていられなかった。 「い、いったい私に何をさせようと言うの?」 「なあに、お前さんは何もしなくてもいいんだよ。後はコイツがしっかりやってくれるからな」 「な、何を企んでるの?」  司令官の自信たっぷりの言葉にだんだん不安が増すアクア。それは次に切り出された言葉ではっきりした。 「そいつにはお前さんに仕掛けたアンチシールドチップを持たしてある。それに他にもいろんな場所に仕掛けを施している。これがどういう意味か判るな」 「な、なんですって?!そ、そんな事させない!クロウズ・・・むううう!」  アクアが意を決して緊急装置の起動ボイスを発しようとしたその時、 不意にその口に大きな粘着テープのようなものが貼られてしまい言葉の自由が失われてしまった。 「ハハハ、もちろんそうやって何か技を出されたら困るんだよ。 それにこのカラクリを知っているお前さんに喋ってもらってはせっかくの罠が台無しになるしな。だから少し静かにしてもらうよ、お嬢さん」 「んむううう・・・・」



 司令官の妖しい笑みがアクアの悔しさを増幅させていた。 スーツの秘密を暴いた以上、スーツ機能の起動スイッチが言葉であることも知られていてそれを防ぐ為の口封じであると司令官は付け加えた。 そんな彼女に司令官は更に言葉を続けた。 「もっとも、仮にこうしなくてもお前さんの口を利けなくする方法は他にもあるんだよ。 言ってみればお嬢さんに屈辱を与える意味からだ。それにその身に付けている通信機もジャミングを掛けているから使い物にならないしな」  アクアにとって屈辱的な言葉が続いた。そして・・・ 「それじゃあ、お仲間が見つけやすい様にもっと高い所に上げてあげよう。 私達はこの罠に君のお仲間が掛かるのをゆっくりと見物させてもらうからね。ハァハッハッハッ!」  そう高笑いを残すと司令官は部下を従えていずこかへ消えていった。 同時にアクアを捕らえている十字架はアクアの身体を地面から3メートルくらいの高さに上げていた。 暗雲立ち込める空に稲光が走っていた。 「んむううう、くううう!」  アクアは何とか成りはしないかと身体をヨジり抜け出す努力をしていた。 だが生体マシンはアクアを捕らえて離さなかった。口に貼られたテープも剥がれることはなかった。 何よりも力を込めるとすぐに力が抜かれてしまうようだった。 それだけでなく突然激しいショックが身体を駆け巡った。司令官が言った“色々な仕掛け”がそれであった。 ボンデクロスには捕らえた獲物に中和パルスを浴びせるだけでなく拷問用の電撃が加えられる様になっていたのだ。 中和パルスで力を抜かれ、そこへ電撃を浴びせられる。 身構える事も力む事もままならずに受ける電撃は今まで受けたどの攻撃よりも精神的ダメージは強烈であった。 (来ないで…来たらみんな捕まってしまう……)  逃げる事も思いを伝える手段も奪われ、今はやがて現れるであろう仲間に必死に祈るアクア。 その頭上でマシンの目が新たな獲物が現れるのを今や遅しと待ち構えていた。                           

つづく


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