TROUBLE THE CAT WALK


一応、僕には名前があります。僕のお母さんが付けた名前じゃないですけど、ご
主人様のまいちゃんは
僕を「ぎんじろう」って呼んでいます。だから僕は「ぎんじろう」なんです。
　まいちゃんは、お家から歩いて曲がって曲がって真っ直ぐ行ったところにある
学校に通っています。
お母さんから習いました。学校は勉強するところなんですよね。色々学ぶのは大
好きです。
　まいちゃんのおじいさんやお父さんは僕を膝に乗せて新聞を読んだりテレビを
見たりしていたので、
色々言葉を覚えました。まいちゃんの喋る言葉も色々わかります。新聞の文字も
ある程度はわかります。
まだまだまいちゃんには敵いません。けど、もっともっと勉強して、いつかは
まいちゃんとお喋りしたいです。

　僕は、よくまいちゃんと散歩に行きます。まいちゃんは毎日ではないですが、
僕と一緒に公園に行きます。
あそこには僕の友達もいるから、行くのが楽しみです。
僕だけで行くこともありますが、まいちゃんと一緒にいる方が楽しいので、
あまりひとりでは行きません。
　それに、よく僕はまいちゃんの後を追いかけたりします。学校に行くまいちゃ
んについていったり、
まいちゃんのお母さんの買い物についていったりと、色々です。僕は外を歩くの
が好きなんです。
　と、いうわけで、今日も僕はまいちゃんの後ろをこっそりとついていきます。

                               ***

「行ってきまぁす」
「まい、今日は部活は？」
「あるよー。六時ごろになりそう」
「気をつけてね」
「わかった。行ってきまーす」
　二階の屋根にいた僕は、まいちゃんの声を聞いて立ち上がりました。見ると、
まいちゃんは学校に行くみたいです。あ、僕に気付きました。

「銀次郎、行ってくるね」
　僕が返事をすると、まいちゃんは歩いて行ってしまいました。さあ、これから
が僕の楽しい時間のはじまりです。

　気付かれないように、塀の上や垣根の下、たまに電信柱の影に隠れたりしなが
ら、まいちゃんの後をついていきます。今のところは気付かれていません。
車の音がしたので塀の上に飛び乗ると、黒い色の大きな車が走って行きました。
この道は結構狭いし、
歩道もありません。間違えると僕のお母さんみたいに車にぶつかって大怪我をし
たりするかも知れません。
怪我ならまだいいけれど、僕のお母さんは何日かして、死んでしまいました。
それだけは嫌です。
まいちゃんにもお家のみんなにも、死んでほしくないです。
そんな事を考えていると、まいちゃんの声が聞こえました。
「ちょ、やめて……！！」
　僕は慌てて走り出しました。見ると、まいちゃんはさっきの車に乗せられてし
まいました。僕以外に、この道には誰もいません。僕しか、見ていないんです。
　車が走り出しました。僕は追いかけることにしました。どんなに疲れても、僕
は追いかけます。まいちゃんが心配です。

                             ***

　三つの大きな道路を過ぎると、とても古い病院があります。今は誰も住んでい
ません。きっといるの
はお化けか僕の仲間くらいです。そこに車が停まると、中から人が降りてきまし
た。
　男の人が三人います。みんなサングラスをしていて、よく顔がわかりません。
その中のひとりはまい
ちゃんを抱いて降りてきました。多分まいちゃんです。でも、頭に袋を被せてあ
ってわかりません。眠っているのか、ぐったりしています。
　みんなは古い病院に入っていきました。階段を上がって、そこにみんな座りま
した。なんだか色々話しています。僕は隠れて、話しを聞くことにしました。

「兄貴ぃ、本当にここでいいんですか？」
「こんな近くにいるとは思わないだろ？　灯台下暗しって奴さ」
「さすが兄貴だ。頭がいいや」
「おい、無駄話するなよ。とっととこのガキ縛るぞ」
「すいませんタカさん。ところで兄貴。本当にこのガキ、百合川の娘ですか？」
「ああ。写真と比べれば一発さ。タカ、袋外してやれ。息苦しいだろうからよ」
「へっ、スタンガンで気絶してて息苦しいもクソもあるかよ」
「おお、本物だ。可愛い顔してますね」
「その可愛い娘の為なら、お金を出すのが親御さんです。よし、縛るか。マサ、
足持て」
「はい。少しキツめでいいっすか」
「ああ。逃げられたらヤバいからな。タカ、猿轡の準備しとけ」
「この小っちゃい口に入るかどうかだな、このボロ布がよ」
「入らなくても入れるのよ……っと。マサ、次は膝縛れ。俺は身体ごと腕縛る」
「はい。おお、兄貴、こいつ胸大きいっすね」
「ああ。ちょっと強調してやるか……。こんなんでどうだ？」
「遊んでないで早く縛れよ。猿轡噛ませるぞ」
「おう」
　ああ、大変です。まいちゃんはお金の為に誘拐されてしまったみたいです。ま
いちゃんの身体は縛られてしまって、あれでは目が覚めても逃げることも出来ないでしょう。



　僕はそっと階段を降りると、外に出ました。今度は急いでお家に帰ります。今
日はまいちゃんのお父
さんはお仕事で、おじいさんは隣の町にある病院で検査しています。お家にいる
のはお母さんだけです。
早く知らせなければなりません。

                              ***

四回目の僕の呼びかけに、ようやくドアが開きました。今ごろはお母さんはお
昼ご飯の準備をしている辺りです。僕は裏口にいました。
でも、出てきたのは知らない男の人でした。
「なんだと思ったら猫かよ。うるせぇ猫だな」
　僕は凄く嫌な予感がしました。男の人の足下をくぐって中に入ります。
「あっ！　ま、猫くらいいいか……」
　僕はテレビのあるお部屋に行きました。すると、お母さんがまいちゃんと同じ
ように縛られて、大き
な椅子の後ろに倒れていました。大きく目を開けて、僕を見ると、少し身体を動
かしました。僕は小さな声で「がんばって」と言って、走り出しました。

　二階のお母さんとお父さんのお部屋には、さっきの男の人がいました。
「ちくしょう、どこに通帳あるんだよ……」
　ブツブツ言いながら机とかを漁っています。僕はその横を走り抜けて、階段の
脇にある窓から外に出ました。
二階の屋根に飛び出ます。朝にまいちゃんを見たところです。
　僕はそのままお隣さんに行きました。お隣のお母さんはお昼ご飯の準備をして
いました。何度も呼びかけると、お母さんは外に出てきてくれました。

「あらあら、銀次郎くんじゃない。どうしたの？」
　僕はお隣さんのスカートの裾を引っ張りました。そして、お家に向けて走り出
します。
「どうしちゃったの、待って待って」
　よかった。お隣さんは僕を追いかけてきてくれました。そのままテレビのある
お部屋の見える場所に行きます。お隣さんはそこまで来て、中を覗きました。
男の人はいません。
「あら！　銀次郎くんはこれを知らせに？　すぐに警察に電話しなくちゃ！」
　お隣さんは急いで戻りました。僕は屋根からお家の中に戻りました。男の人は
まだ部屋を探していました。警察がきてくれて、すぐに捕まると思います。
　これでお母さんは大丈夫です。次はまいちゃんです。僕はテレビのある部屋に
行くと、写真立ての中
からひとつ、床に落としました。今度は新聞を持ってきます。それを縛られてい
るお母さんの前に置きました。



　僕はお母さんにそれを見るように呼びかけました。まいちゃんの写真の横に、
新聞を置きます。新聞の見出しは、どこかの男の子が誘拐されたという記事です。
それを見たお母さんは、まるで僕みたいな声を上げました。
それに気付いた男の人が降りてきます。
「なんだなんだうるせぇな！　またこの猫か？　ったく……」
　そこで男の人の動きが止まりました。なぜなら、お庭から部屋を見ているのは、
拳銃を構えた警察の人だったからです。
「……嘘」
「突入！！」
　ふたつの声が重なり、お家の中には警察の人たちが入ってきました。男の人は
あっという間に捕まりました。お馬鹿さんです。

「大丈夫ですか？　今解きますからね」

　女の警察の人がお母さんを縛る縄を解いていきます。口に噛ませられた猿轡
（へへっ、さっきまいちゃんにしていたのを見て覚えましたよ）
を外すと、お母さんはこう言いました。
「まいが、娘が誘拐されたかもしれません！！」
　そして僕を見ます。僕は大きくうなづくと、警察の人に聞こえるように「こっ
ちです！」と言って、
駆け出しました。全員ではなかったですが、何人かの人は着いてきてくれました。
まいちゃんを助ける番です。

                                ***

　五時の放送が聞こえてきました。だんだん暗くなっていきます。僕はあの病院
にいました。警察の人は、どうやら気付いたみたいで、
少し離れた場所に隠れています。僕は階段を上ります。

「そろそろ電話するか。百合川部長さまもご帰宅してる頃だろうよ」
「どこで電話して来ます？」
「そうだな。一応駅前に行って来いや。公衆電話あるだろ」
「はい、行ってきます」
　そう言って、マサと呼ばれていた男の人は出て行きました。でも、外には警察
の人がいるんです。この人もお馬鹿さんです。
　まいちゃんは、部屋の真ん中にいました。目隠しもされています。すぐに助け
てあげますからね。
　僕はマサさんが外に出たのを確認すると、少し離れた場所に移動して、そこに
あったものを階段から落としました。

「ん？　音がしたな……マサか？」
「見てくる。お前はガキ見張ってろ」
「おう」
　タカと呼ばれていた男の人が僕のいるところに近寄ってきました。もう少し近
づけば、僕のテリトリーです。僕は怒ってます。
まいちゃんをこんな目に合わせるだなんて。あと少し。

あと少し……今！！

！！！

「うぉっ、何だおい！　痛ぇっ！　う、うわぁっ！！」
　僕は顔に飛び掛ると、爪で思いっきり引っ掻いてやりました。タカさんはよろ
けて、階段から落ちそうになってます。僕はもう一度、今度は足下に飛び掛りました。
「ね、猫！？　う、ああああぁぁぁぁぁっ！！！！！」
「タカ！？　どうした！！」
　兄貴さんが気付いた時にはもう遅いです。タカさんは階段から落ちちゃいました。
この人もお馬鹿さんです。そして……兄貴さんも、お馬鹿さんです。
　僕は、ゆっくりと兄貴さんの前に姿を見せました。
「ね、猫……？」
　僕は猫じゃないです。僕は、銀次郎です！
「──にゃあぁ……」
　一声鳴くと、遠くでまいちゃんが動くのが見えました。僕に気付いたのでしょう。

　僕は、兄貴さんから少し離れると、爪を舐めました。そして、僕の出せる力の
全てを振り絞って、床を蹴りました。

「う、うおおぉっ！？」
　驚いた兄貴さんの、顔面を狙って、僕は……僕は！！！！！！！
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！！！！！！！！！！」

                               ***

……六回です。六回引っ掻いてやりました。兄貴さんは床に伸びてます。みん
なお馬鹿さんです。
　僕はまいちゃんのところに行って、呼びかけました。
「んんっ……むうぅっ……」
　まいちゃんの頭の後ろに回りこむと、固く結んである布の結び目に噛み付いて、
ちょっとずつ緩めていきます。何度か繰り返すと、それは外れました。
次はまいちゃんの手首を縛る縄に同じ事を繰り返し
ます。すると、
「大丈夫ですか！！」
　警察の人です。さっきの兄貴さんの悲鳴を聞いて、踏み込んできたみたいです。
どうやらさっきの三
人は捕まったみたいです。まいちゃんの縄を、解いてくれます。
「……銀次郎……？」
「にゃあ」
「……銀次郎っ！！！」
　まいちゃんは、僕を抱きしめてくれました。
僕は、そっと目を閉じました。今日は、疲れちゃいました……。

                              ***

「銀次郎。お散歩に行こう？」
　七日が過ぎました。私は、銀次郎に感謝しています。
　お母さんも強盗に襲われたけれど、銀次郎に助けられたみたいです。
お隣のおばさんも、感心していました。
　今日も、銀次郎と私は公園に行きます。

「にゃあ」
「……ありがとうね？」
「にゃあ」

　銀次郎は一声鳴くと、私と並んで歩き始めました。

　銀次郎の歩く姿はとっても素敵で、私にとっては誇りなのです。



TROUBLE THE CAT WALK -- END