○黒幕の正体
ピンポーン！
あるマンションの一室で、ドアベルの音が鳴り響く。
「は〜い。どちら様ですか〜？」
そのベルの音に呼応して、部屋の奥からは若い女の声が聞こえてきた。
「ちわ〜。八銀運輸です〜。荷物をお届けに参りました〜。」
（さて、始まったか・・・。
みんな上手くこなしてくれればいいのだが・・・。）
今、『私』の目の前に、運送屋の制服を着たニ人の男がドアベルを鳴らした扉の前に立っている。
彼らは、『私』が開始の合図を出すのと同時にドアベルのボタンを押し、
我々が念密に打ち合わせていたシナリオをいよいよ実行に移し始めていた。
「あ、はい。今すぐいきます〜。」
扉の向こうでは、甲高く可愛らしい声が聞こえてくる。
片や、その玄関前では、大きな黒革の袋を二人がかりで抱えている運送屋たちが、部屋の主が外に出てくるのを待っていた。
ガチャッ！
「わっ！・・・おっきい荷物ですね。」
扉を開けた部屋の主は、その革袋を見るや否や、その大きさに思わず驚きの声を上げる。
部屋から出てきたのは、十代半ば過ぎの少女。
その華奢な身体には、紺色のブレザーの制服を纏っていた。
「これ、何が入っているのですか？」
興味深そうな表情を浮かべる彼女はセミロングの黒髪をなびかせながら、二人組の運送屋に革袋の中身を尋ねる。
「さあ・・・ちょっと中身のことまでは聞いていないんで・・・。」
彼女の質問に少し戸惑った表情を見せる運送屋たち。
だが同時に、彼らは目の前に現れた少女の存在感に圧倒されていた。
長いまつ毛に透き通るような大きい瞳。
すっと通った鼻筋に、綺麗な形の唇。
雪のように透き通った白い肌。
そして、すらりと伸びる細く長い手足。
・・・稀代の美少女・・・
『私』の目から見る、彼女の容姿に対する印象は、まさにその一言に尽きる。
「とりあえずこちらにハンコをもらえますか。」
運送屋の一人がそう語りながら目の前の美少女から自分の懐に視線を移すと、そこから一枚の伝票を取り出した。
「あ、ちょっと待ってください。印鑑を持っていますので・・・。」
彼女はそう言い残すと、玄関の扉を開けたまま印鑑を取るために部屋の中へと戻っていった。
「きっとお父さんに届けられた荷物ね・・・。何が送られて来たのかな？」
彼女はそうつぶやきながら、部屋の奥へと歩いていく。
（ここまでは『私』の指示どおりにきているが・・・、問題は次からだな・・・。
ここからだぞ・・・今回の正念場は。
さあ、しっかり頼むぞ・・・。）
奥の部屋に戻った彼女はタンスの引き出しを開け、中にある印鑑を探し始める。
その一方で、少女の様子を見ていた運送屋たちは、配達物である黒い革袋を無造作に玄関脇の床の上へ放り投げた。
パフッ・・・
しかし、彼らが如何にも重たそうに抱えていた革袋の、床に叩きつけられた音は・・・意外にも気の抜けた軽い音だった。
そう・・・まるで何も中身が入ってないかのように。
「えっと、たしかここら辺に・・・、あったっ！」
ようやく印鑑を手にした彼女は、笑みを浮かべながら玄関の方へと振り返る。
「お待たせ・・・えっ！？」
だが、振り返った彼女の視界に飛び込んできたのは、部屋の中にまで入り込んできた二人組の運送屋の姿。
彼らは無言で土足のまま部屋に上がり込み、彼女のすぐ側まで詰め寄って来ていたのだ。
「きゃ・・・んぐうううううーっ！！！！！」
その異様な事態に身の危険を感じた彼女は反射的に悲鳴を上げようとしたが、
その刹那、駆け寄ってきた男の一人に素早く口元を押さえつけられ、
すんでのところで彼女の悲鳴は封じ込まれてしまう。
くぐもった声しか出せなくなった彼女は、すぐさま両手いっぱいに力を込めて口元から男の手を引き剥がそうとするが、
もう一人の男に両腕を背後から羽交い締めにされてしまい、彼女の細腕はあっという間に自由を奪われた。
（よしっ！！上出来だ！
ふふ・・・『私』の指示どおり、スムーズに彼女の動きを封じることが出来たようだな。
そして、いよいよこの後は・・・！）
「むぐうっ！！んぐうううぅ！！！」
二人の男たちに無理やり羽交い絞めにされた少女。
彼女は押さえつけられた口で懸命に助けを求めようとするが、それはくぐもった声にしかならず、部屋の外にまで聞こえるものではない。
「さわぐんじゃねぇ！・・・おい、早く縛り上げろっ！」
男の一人がそう叫ぶと、彼女は無理やり床の上にうつ伏せの姿勢に押さえつけられた。
ドスンッ！
痛々しく床に叩きつけられた彼女の身体。
その痛みで彼女が一瞬怯んだ隙に、その両腕は素早く背中の後ろへと捻り上げられ、
腰の上で重ね合わされた両手首に縄がきつく巻きつけられていく。
「むぐううっ！んぐうううぅぅっ！！」
手首、そして腕周りを締め上げる縄の痛みに必死に首を振り、塞がれた口で助けを求める少女。
だが男たちは、そんな彼女の様子など省みることもなく、華奢な彼女の身体を
男二人がかりで力いっぱい押さえつけ、力ずくでこのか弱い美少女の両腕を縛り上げていく。
そしてしっかりと彼女の両腕を縛り上げた男たちは、今度は彼女の口を塞ごうと布切れの塊を彼女の口の中に押し込もうとした。
「いやっ・・・んくうぅっ！」
その様子を見て男たちの意図を察した彼女は、布切れを押し込まれまいと今度は懸命に口を閉じる。
そんな少女の些細な抵抗を見るや否や、男の一人はすぐさま彼女の頭を脇にガッシリと抱えて固定すると、
彼女の頬を強引に摘み上げ、その小さな口をこじ開けようとする。
片やもう一人の男は、左手で少女の鼻を摘み、右手に持った布切れの塊を彼女の小さな口に押し付けた。
無理やり彼女の呼吸を止めさせ、息苦しくなって開いた口に布切れを押し込むつもりだ。
「ん・・・・んんっ！」
息をする手段を封じられながらも布切れを押し込まれまいと懸命に口を閉じ、
口元に押さえつけられた布切れから逃れようと男の太い腕によって挟みこまれた頭を僅かながらもイヤイヤと左右に振り、
そして足を大きくバタつかせて必死に抵抗する彼女。
まさに全身全霊の抵抗そのものだった。
『口を塞がれたら駄目っ！！助けを呼べなくなる・・・逃げられなくなるっ！』
この絶望的な状況の中、男たちから逃れるために僅かな希望に賭け、あらゆる手段を使って必死に抵抗し続ける彼女。
だがその懸命な抵抗も空しく、呼吸の出来ない彼女は徐々に息苦しくなっていき・・・、そして・・・
「んっ！・・・・んんっ・・・・・・・かはぁっ！」
息苦しさにとうとうほんの一瞬だけ開いた少女の口。
男たちはその一瞬の隙を見逃さず、すかさず彼女の口に布切れの塊をねじ込んだ。
「ほごっ！？・・・・ほぐうううううっ！！」
とうとう口の中に布切れを押し込まれた少女。
彼女はすぐさま舌を使って布切れを押し出そうとするが・・・
ビリッ・・・！
彼女の舌の動きよりも早く、彼女の口周りにはガムテープが貼り付けられた。
何重にも何重にも・・・。
「うくっ！・・・ううううぅ・・・」
そして、口の自由までも奪われたことを悟った少女の頬には、大粒の涙が伝わってゆく・・・。
遂にこの美少女の言葉、そして助けを求める叫び声が完全に奪われた瞬間だ。
（最高だっ！・・・これ以上ない出来たぞ！！
まさに『私』が思い描いていたシナリオそのものが順調に来ている。
ふふ・・・彼らは文句のつけようのない、最高の仕事をやってのけているよう
だ。）
少女の上半身の自由を完全に奪い、今度は彼女の唯一自由な両足に縄を持って群がる男たち。
片や、足の自由まで奪われまいと、うつ伏せに押さえつけられた身体ながらも懸命にもがき続け、
必死に身体をよじって最後の抵抗をする少女。
だが、その懸命な抵抗も空しく、絶対的な腕力の差によって、彼女の膝・・そして足首にと縄が次々に括られていく。
遠目からその様子を眺めていた『私』には、さながらＴＶなどでおなじみの、
群れからはぐれてしまった小さな草食動物が、群がる肉食動物たちの餌食となるシーンに似ているようにも感じて取れた。
しゅるる・・・ぎゅっ！！
そしてとうとう・・・男たちによって完全に自由を奪われた彼女の身体。
「ううっ・・・・ううううぅ・・・・」
観念したかのようにうつ伏せの姿勢で横たわっていた彼女の顔には、どっと涙が溢れ出している。
「おい、こいつを・・・」
そんな彼女を尻目に、男の一人が、懐から何やら小さなビンのような物を取り出した。
その様子を見たもう一人の男はコクリと頷くと、先程、玄関脇に放り投げた黒革の袋を持ち運び、ジーッと袋のファスナーを開き始める。
そして、完全に袋を開き終えると、男は縄によって一つに束ねられた少女の両足を掴み、黒革の袋の中に押し込み始めた。
そう・・・彼らは身動きの取れなくなった彼女の身体を分厚い黒革の袋の中へ押し込み・・・そして、この部屋から連れ去ろうとしていたのだ。
「ふぐう・・・むぐうううぅ・・・・！」
男たちの計画が明らかになった今、その意図を悟った彼女は不自由な身体で必死に抵抗するが・・・
その甲斐も空しく、爪先から徐々に黒革の袋の中へと押し込まれていく。
そしてもう一人の男は、先程の小ビンをタオルに押し当てて中身を染み込ませると、
絶望的な抵抗を試みる少女に向かって、冷静に・・・そして冷たく言い放った。
「こいつで、しばらくおねんねしておくんだな。・・・刑事の娘さんよ。」
「むくうううぅ・・・・・・！！」
そして、タオルが彼女の口と鼻を覆った瞬間、彼女は涙で潤う大きな目をカッと見開き、
塞がれた口で彼女なりに精一杯の、そして決して誰の耳にも入ることのない小さな悲鳴を叫んだ・・・。
だがその時・・・
ピンポーン！
突然、部屋のドアベルの音が鳴り響く。
「亮子〜。ごめ〜ん、遅れちゃった〜。」
「もう、あんたがモタモタするから・・・。ほんとごめんね、亮子。」
玄関の扉の向こうで、二人組の少女の言い争う声が聞こえてきた。
「ちっ！」
突然の事態に、男の一人が小さく舌打ちをする。
なんとこの囚われの少女・・・亮子という少女に、友人たちが突然会いに来たのだ。
誘拐犯の彼らにとっては、まさに想定外の出来事。
（ふふ、しかしこれも『私』のシナリオどおり・・・
ここまで来たんだ、最後まで上手くやってくれよ・・・）
「んくうううっ！！・・・んんんんっー！」
部屋の外にいる二人の声を聞いて、薬品を染み込ませたタオルの奥から懸命に助けを求める亮子。
片やその彼女の抵抗に、更にタオルを掴む手にグッと力を込める男。
・・・ピンポーン！・・・ピンポーン！
「亮子〜、いないの〜？」
「んんんううぅ・・・！！・・・・むうぅぅ・・・！」
必死に友人たちに助けを求める亮子。
だが、満足に声を上げることのできない彼女では、残念ながらその悲鳴を二人に届かせることが出来なかった。
しかも逆に、叫び声を上げるために大きく呼吸をした彼女は、同時に薬品までも大量に吸い込んでしまい、
そのため彼女の意識は急激に薄れていく。
「亮子・・・先に出かけちゃったのかな？」
「もうこんな時間だもんね、あの子のことだから先に行っているかも・・・・。
うちらも早くしないと遅れちゃうよっ！」
そしてその会話を最後に、二人の気配が遠ざかっていく。
「・・・うぅぅぅ・・・ぅぅ・・・・・」
だが、薄れゆく意識の中でも、僅かにしか叫べなくなった悲鳴ででも、遠ざかってゆく友人たちに懸命に助けを求める亮子。
彼女は最後の最後まで望みを捨てようとはしなかった。
だが・・・
「うぅぅ・・・・・ぅ・・・・・・・・・・・・・・・」
この懸命の抵抗も空しく、遂に亮子の意識がガックリと落ちる。
それを見届けた男たちは、再度、彼女の身体を黒革の袋に押し込む作業を始めた。
「あのクソ刑事め・・・見ておけよ・・・。
まずは手始めに、お前の可愛い娘を滅茶苦茶にしてやるからな・・・。」
先程まで彼女の顔を押さえつけていた男が、彼女を袋の中に押し込みながらそう呟く。
完全に眠りに落ちても未だ涙が流れる少女の顔の側で、さも恐ろしいことを口走るこの男の目には、明らかに狂気の色がうかがえていた。
・・・彼は、刑事である亮子の父親に対して、とてつもなく深い恨みを持っている。
今回、この誘拐を計画したのも彼であり、愛娘である亮子に危害を加え、父親に散々後悔させるつもりなのだ。
ジジジジジ・・・・・・
男たちの手によって完全に袋の中へ押し込められた亮子。
そして、静かにファスナーが閉じられ・・・とうとう亮子の身体は真っ暗な闇の中に閉じ込められた。
（さて・・・そろそろ頃合だな・・・）
全てが順調にいった・・・
そう思った『私』は、彼らに対して最後の合図を送った・・・
「カアアアァットッ！！！」
「はーい、おつかれさまでした〜。」
『私』の合図とともに『撮影スタッフ』たちの挨拶が飛び交い始める。
「いや〜、ご苦労！見事な演技だったよ。」
そして『私』は、一仕事を終えた彼らに賞賛の言葉を送った。
その言葉を聞いた二人の誘拐犯たち・・・いや誘拐犯を扮する俳優たちは、一様に安堵の表情を浮かべる。
それと同時に、『私』の後ろに居たスタッフたちが、革袋に押し込まれている少女の救出に向かう。
「ぷは〜っ！・・・どうでした、監督？」
スタッフたちによって革袋から助け出された彼女が、ガムテープを剥がしてもらって開口一番、
心配そうな表情を浮かべながら撮影の出来具合を私に尋ねた。
「文句なしＮＧなしの一発ＯＫだ！」
彼女の言葉に、『監督』である私はそう返した。
「やったっ！」
涙の跡がくっきりと残るその顔で、満面の笑みを浮かべる彼女。
「いや〜野原君、今回もよくがんばったね！・・・毎度ながら君の演技力には舌を巻かされるよ。」
「えへっ、監督にそう言われるととっても嬉しいです。でも・・・」
「でも・・・？」
大仕事を終え、喜びを噛み締めていた彼女・・・だが、その喜びに陰りが見え始める。
彼女は、犯人役の俳優たちをちらっと見据えると、少し怒った表情をして私に不満を訴えかけてきたのだ。
「でも、本気で床に押さえつけられちゃったから、かなり痛かったですけどっ！」
「野原ちゃん、ごめんごめん。つい力が入っちゃって・・・」
その不満の言葉が聞こえたのか、犯人役の俳優の一人が駆け寄って来て、まだ縄を解き終えていない彼女に向けて手を合わせ平謝りする。
それは先程まで彼女に対して、暴力の限りを尽くしていた男の行動とは思えない、まさに滑稽な光景だった。
このカットで本日のスケジュールを終えた撮影所。
先程までの残酷な光景とはうって変わって、撮影が終わったこの現場にはスタッフたちの和やかな雰囲気が流れていた。
「もう〜、本当に痛かったんですから〜。ちょっとは手加減してくださいねっ！」
ふふ・・・彼女はまだ、先程の撮影の不満を犯人役の彼にぶつけている。
野原君は清純そうな外見とは裏腹に、ちょっと勝気な性格の持ち主・・・だが、それが彼女の度胸ある演技に繋がっている。
それも私が彼女を高く評価をしている要因の一つ。
しかも彼女は、マスコミ各社において、期待の清純派新人女優として待ち上がっている程の活躍ぶりなのだ。
その証拠に、この刑事ドラマは回を追うごとに視聴率が高まっているしな。
もちろん・・・彼女の力だけで評判になった訳ではないのは重々承知だが・・・。
思えば今回でこのドラマも最終回。
今作は私自身、いろんなシナリオにチャレンジしたものだ。
「社長令嬢が誘拐される話」
「女子高のスクールバスがジャックされる話」
「おとり捜査をしていた女刑事が逆に捕まってしまう話」
「テロリストが女子寮に立てこもる話」
など・・・
と、まあ・・・少々シナリオの傾向に偏りがあるが、これはうちの制作会社「トリエ」の意図によるもの・・・。
野原君自身も、トリエの関連プロダクション会社「エイトハッピー」からスカウトされたと聞いている。
しかしまあ、その方針が上手く当たったのか、この刑事ドラマは大反響を呼び・・・まさに大当たりだった。
もちろんこの最終話も高視聴率を期待している。
私にとってみても、今回のシリーズは言うこと無しだ。
そういえばＴＶ局の方からも、今作のあまりの高視聴率ぶりに、年末の特番と
して２時間枠による放送が決まったとの連絡が入った。
その話を聞いた私どもスタッフは、既にシナリオの構想を練り始めている・・・まだ大雑把しか決まっていないが・・・。
『野原君扮する亮子と、その親友役が偶然殺人事件を目撃してしまい、彼女たち
は凶悪犯たちによって誘拐監禁、そしてそのまま遠方へ連れ去られる・・・』
・・・そんなストーリーだ。
問題はその「親友役」なのだが・・・どんな人物を起用するか少々悩んでおる。
できるなら亮子の親友役ということで、野原君と同じく清純派が良いのだが・・・。
・・・そういえばエイトハッピーから、かなりの優秀な逸材が見つかったとの情報が入っている。
どうやら野原君と同じ学校の後輩で、なんと同じ演劇部に所属しているらしい。
しかも、うちの会社の式典イベントで、スカウト部署のスタッフが目をつけたそうだ。
野原君クラスの逸材だとか・・・。
現在、スカウトマンを通じて出演依頼を交渉中とのことだ。
さっきその子の写真を見させてもらったが、いかにも真面目で素直そうな女の子だった。
もしスカウト部署の目が正しいのなら・・・親友役はこの子でいけるかもしれん。
え〜と、名前は確か・・・